2026.08.07
Challengers ーイノベーションの軌跡ー

東日本旅客鉄道株式会社|鉄道×エンタテインメントの新境地。JR東日本とソニーグループが挑んだ、新幹線を舞台にする「新たな移動体験」の舞台裏

Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。 本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。

今回は、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)、株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ(SMS)、株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ(SML)、そしてSony Acceleration Platformの連携で実現した、22/7(ナナブンノニジュウニ・以下ナナニジ)による「山形新幹線・一日駅長就任イベント」にスポットを当てます。 
この4社がどのように手を取り合い、新幹線という移動空間を特別なエンタメ空間へと変貌させたのか。その泥臭くも熱い共創の舞台裏をお届けします。

 

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コラボレーションの幕開け:移動を目的化する新規事業への挑戦

――はじめに、このJR東日本とソニーグループの共同プロジェクトが立ち上がったきっかけを教えてください。

内堀さん:きっかけは、私がJR東日本内の事業提案制度で手を挙げたことでした。JR東日本グループでは、鉄道を単なる移動手段としてだけでなく、個客の「移動の目的(地)づくり」を中長期ビジネス成長戦略「Beyond the Border」の中で掲げています。その中で、鉄道や駅のアセットを活用した「推し活」のサービスを推進したいという思いがありました。
しかし、社内だけでは「推し活」に必要な魅力的なエンタメIPとの連携ノウハウやデジタルソリューションが不足しており、そこに大きな課題を感じていたんです。そこで当社菊池がSony Acceleration Platformさんにご相談したところ、ソニーミュージックさんをご紹介いただき、さまざまなIPを活用したアイデアをご提案いただいたのが始まりです。

田中:最初にJR東日本さんからお話をいただいたときは、まさか自分に「新幹線や駅の空間を使った新しい移動体験を一緒に作らないか」というお話が来るとは思っていなかったので、非常にワクワクしたのを覚えています。
1回目の打ち合わせの段階から、「移動空間を推し活の場にしたい」というJR東日本さんの熱い想いを受け、私たちが持っているアーティスト、IP、そしてさまざまなソリューションを掛け合わせれば、今までにない新しい体験が作れるのではないかと思いました。

菊池さん:内堀が熱意を持って提案したこの新規事業は、従来の「移動するだけの鉄道利用」という枠組みを超え、新しいファンエンゲージメントの手応えを掴むためにも、マーケティング本部として重要な戦略的位置づけにありました。
当社は人口減少やWeb会議の普及といった社会変化に伴い、ビジネスのあり方を多様化させていく過渡期にあります。ただ乗っていただくだけでなく、楽しんでいただける駅や鉄道をいかに提案できるか。ソニーグループさんという強力なパートナーとともに実現できたのは非常に大きかったです。

高橋:私自身も、最初にご相談を頂いた時から菊池さんと内堀さんの熱い想いに共感していました。企画が走り出した序盤の段階で、内堀さんがIPを持つ企業に1社ずつ地道にお電話をされてアプローチされていたというお話を伺い、そのバイタリティに驚かされました。
ソニーグループとしても、SMSやSMLの持つ強力なエンタメコンテンツの強みがあります。今回の取り組みが上手くいけば、大企業同士のアセットを掛け合わせたオープンイノベーションの好事例として、今後の継続的なビジネスアライアンスに繋がると確信し、双方のハブとなる形で課題整理と共通目標の設定およびビジネスモデル構築のサポートをさせていただきました。

 

なぜ「22/7(ナナニジ)」だったのか?起用の理由と企画のこだわり

――数あるIPやアーティストの中から、今回なぜ「22/7(ナナニジ)」の起用に至ったのでしょうか。

田中:山形新幹線という具体的な舞台が決まる前に、まずは「どのような形であれば移動そのものをエンタメ化できるか」を議論していました。当初は山手線での実施なども検討していたのですが、より「移動の必然性」や「ストーリー性」をファンの方に感じてもらい、最終的な目的地(ゴール)を作れる形を模索しました。
その中で、SMLの小山からナナニジの活動について話を聞いたんです。ナナニジは以前から北海道の根室市など、地方に何度も通って地域に密着したイベントを継続しており、地域の人々や駅の方々、そしてファンを巻き込んだ「地方創生」の実績がありました。東京にファンが多い彼女たちが、再び地方(今回は山形県天童市など)へ向かうとなれば、ファンが新幹線を使って移動する「必然的なストーリー」が綺麗に繋がると考えました。

小山:SMSから最初にこの話を受けたときは、メンバーやファンにとって、運行中の新幹線という「動くアセット」の中で行う施策は、新たな熱狂を生むプロモーションになると感じました。
ナナニジはこれまで、イオンモール天童で何度かリリースイベントをさせていただいたご縁がありました。再びその地へ向かうためにファンの皆で「一緒に新幹線に乗って移動する」、そして現地でメンバーが「一日駅長を務める」という今回の企画は、グループにとってとても親和性が高く、メンバーも「一日駅長」という大役に、前向きな強い意気込みを持っていました。


 

――具体的な企画内容については、どのように3社でブラッシュアップしていったのですか。

田中:新幹線という制限の多い空間で、どうすればファンに「ここでしか得られない体験」を提供できるか、SMSとしてのこだわりを詰めました。

小山:具体的には、一日駅長就任式だけでなく、走行中の車内アナウンス、限定のノベルティ配布、さらには車内全体を巻き込んだ「ボイスドラマ」や「謎解き劇」のような体験型コンテンツを盛り込むことにしました。
私は、企画を考える際、ファンが口にする要望を素直に叶えること以上に、ファンが想像もしなかった展開やサプライズを届ける方が、はるかに喜ばれると思っています。今回も「普通の車内ラジオかと思っていたら、走行中に突然殺人事件が起こる」という脚本(ボイスドラマ)を書きましたが、“いい意味で想像を裏切る”コンテンツを作ったことで、参加者により面白がってもらえたと感じています。
また、企画をブラッシュアップにあたり、私自身がオリジナルの台本や演出、メンバーの音声の収録なども担当しました。ファンの方々に新幹線の移動時間を120%楽しんでいただくため、車内全体が物語の舞台になるような構成をかなり綿密に作りました。

田中:実は、小山がかなり気合を入れて作ってくれたので、前日や当日の朝方まで膨大な音声データや台本の修正・やり取りが続き、関係者全員で夜中まで格闘しました(笑)。

内堀さん:その節は本当にありがとうございました。送られてくる台本や音声データのクオリティと物量が本当に物凄くて、ソニーミュージック側の皆さんの「ファンのために絶対に妥協しない」という熱量に圧倒されました。私たちとしても、それだけの素晴らしい企画であるならば、何としても新幹線で、すべての音声データをしっかりと流したいと強く思いました。

 

「安全第一」の鉄道と「熱狂」のエンタメ:文化の壁を越えた現場の調整

――新幹線の車内でボイスドラマを流したり、車両を貸し切って大規模なファンイベントを行ったりというのは前例がありません。鉄道運行のプロフェッショナルである現場との調整は、相当な苦労があったのではないでしょうか。

内堀さん:はい、ここが最大のハードルであり、最も調整に苦労した泥臭いプロセスでした。今回の企画は、新幹線の関係部署(列車ダイヤの計画・企画、運行管理、乗務員)、東北エリアを管轄する部署、天童駅、天童南駅、そしてJR東日本びゅうツーリズム&セールスなど、非常に多くのJR東日本グループ社内関係部署が関わっています。
鉄道において「安全安定輸送」は絶対的な大前提です。団体列車を一本丸ごと仕立てるのとは異なり、定期運行している新幹線の「一部の車両(3車両)を貸し切る」という形式での旅行商品だったため、一般のお客様への影響が出ないような動線設計や、運行に支障をきたさないオペレーションが厳格に求められました。

――具体的に、どのような現場調整が行われたのですか。

内堀さん:一番大変だったのは、ソニーミュージックさん側がこだわって作ってくださった「走行中の車内自動放送装置を使ったメンバーの音声放送」のタイミング調整です。新幹線には、運行上の安全を守るための放送が最優先で流れる仕組みになっています。
また、通常の駅名案内などの自動放送とも被ってはいけません。そのため、山形新幹線に実際に何度も試乗し、「この駅からこの駅の間であれば安全に放送を流せる」「このタイミングで割り込ませる」という秒単位の計測と調整を、新幹線担当者と何度もすり合わせを行いました。
文化の異なる現場のプロたちにこのエンタメ企画の必要性を理解してもらうために、私は「ただタレントを呼ぶイベントではなく、新幹線の移動そのものを新しい価値に変え、地域に人を呼び込むための挑戦なんです」と熱意と共に愚直に伝え続けました。社内全体が新規事業に挑戦しようという気運にあったことも後押しとなり、「どうすれば安全に実現できるか」を関係者一体となって考えてくれる体制を作ることができました。

高橋:内堀さんがこれだけ多くの関係部署を巻き込み、一つのチームとして機能させていく姿は本当に素晴らしかったです。大企業同士のオープンイノベーションでは、企画の面白さ(SMS・SML側)と、ビジネスとしての確実性や安全性の担保(JR東日本側)のバランスが崩れるとプロジェクトが頓挫してしまいます。
現場の安全ルールを完全に遵守しながらも、企画の核であるエンタメ体験を損なわないよう、内堀さんがハブとなって粘り強く交渉を続けられたことが、今回のプロジェクトがビジネスアライアンスとして成立した一番の要因だと感じています。

 

現場の熱量と確信:ファンと駅長が一体となった、山形・天童での奇跡

――そして迎えたイベント当日、山形新幹線の車内や天童駅での現地の様子はいかがでしたか。

小山:私自身は、イベント当日は一足早く天童駅に入って、現場指揮を執っておりましたので、該当車両には乗れなかったのですが(笑)当日の車内の熱量と一体感は、素晴らしいものだったそうです。車内で流したボイスドラマや謎解きでは、ファンの方々が静かに、時に笑いながら本当に真剣に耳を傾けてくださっていたと伺っています。「この空間にはナナニジのファンしかいない」という新幹線ならではの濃密な空間が生まれ、通常のライブやイベントとは異なる、深いエンゲージメントの手応えがありました。
あと加えて嬉しかったのは、現地の天童駅で、山形駅長をはじめとする駅スタッフの皆さんが、メンバーを本当に温かく、熱烈に歓迎してくださったことです。

田中:そうなんです。山形駅長さんがメンバーによる一日駅長就任式で委嘱状を渡してくださったのですが、お話を伺うと、なんと駅長さんご自身がすっかりナナニジのファンになってくださっていて(笑)。
お見送りの際も、現地の駅スタッフの皆さんが本当に素晴らしい笑顔で、ファンやメンバーと一体になってイベントを盛り上げてくださいました。新幹線を降りた後も、ファンの方々が天童の街を観光し、リリースイベントを楽しみ、地域全体に活気が生まれているのを目にして、私たちが仕掛けた「移動体験のエンタメ化」がしっかりと地方創生の一端に結びついたと感じました

内堀さん:今回の旅行商品は、販売開始から非常に短い期間で予定していた3車両のチケットが即座に完売しました。普段、新幹線の移動は個人がそれぞれ音楽を聴いたり仕事をしたりと個別に過ごす空間ですが、そこに「共通の目的を持ったコミュニティ」が集まることで、車内全体に拍手が沸き起こるような温かい空間が作れるのだという大きな学びがありました。
参加されたファンの方々が、SNSで「天童について知ることができた」「また山形新幹線に乗ってここに来たい」と発信してくださっているのを見て、移動の価値化という今回の新規事業のゴールをしっかりと達成できたと胸が熱くなりました。

 

この挑戦がひらく、移動×エンタテインメントの未来

――今回の成功をステップに、皆様が今後見据える新たな挑戦について教えてください。

菊池さん: やはりこれからは移動だけではなくて、さまざまな価値をお客様に提案していく必要があります。今回の「新幹線の中で楽しんでもらう」という企画に加え、駅の「応援広告」なども力を入れていきたいですね。広告も今までと同じような商業的・コマーシャル的なものだけではなく、「推し活の舞台」として駅や鉄道を使ってもらう。今回は、そういう取り組みの第一歩にできたなと感じています。
鉄道の移動は、人口減少であったり、あるいはWeb会議といった技術が伸長していたりすることなどを理由に、必然的に多様化を求められています。昔のようにビジネス一辺倒だけではなく、さまざまな移動の形をお客様に提案していかないと、当社としても収益を維持できないという点もあります。そういった意味で、お客様に多様な価値を提供するというのは、今まさに全社的に進めているところです。

内堀さん:今回の取り組みを通じて、鉄道や駅という私たちが持つリアルなアセットが、エンタメの力によって全く新しい顧客体験を生み出せるという確固たるエビデンスを得ることができました。この成功体験は、これからのJR東日本の新規事業開発にとっても大きな財産です。
今後は山形新幹線だけでなく、東日本エリアのさまざまな路線やアセットを活用し、より多くのお客様やファンコミュニティの方々に、移動そのものを楽しんでいただけるような、心躍る仕掛けをソニーグループの皆さんと一緒に作り続けていきたいです。

田中:SMSとしても、普段は当たり前に存在する「移動空間」や「生活の場」が、ソリューションとIPの掛け合わせによってこれだけのエンタメ空間に変貌するのだという可能性を強く感じました。今回は新幹線でしたが、私たちが持つ技術やエンタメのノウハウをいかに既存のアセットに組み込んで最大化できるか、今後もさまざまな業界のパートナーの皆さんと共に、新しいビジネスの形を模索していきたいです。

小山:アーティストを預かるレーベルの視点から見ても、今回の「移動をパッケージ化してファンと一緒に旅をする」という試みは、新しいファンエンゲージメントの形として素晴らしいモデルケースになりました。
ライブや遠征では、「どうせ移動する、食事する、宿泊する」という前提があります。今回はリリースイベントの「移動」をJR東日本さんと組んでエンタメ化しましたが、この発想を応用して「どうせ●●する」の部分をさまざまな企業さんと一緒に取り組んでいくことで、新しいビジネスチャンスが生まれるかもしれないと感じています。
また、"アイドル"というコンテンツの強みは、あらゆるテーマと掛け合わせられる汎用性にあると思っています。今回のように「移動時間 × アイドル」「地域おこし × アイドル」という形で、課題となるテーマに"アイドル"を組み合わせることで、新しいビジネスチャンスが生まれると感じています。今回のナナニジのケースを参考に、他のアーティストや多様なIPでも、その特性に合わせた新しい「●●×エンタメ」のプロモーションを企画していけば、また新たな面白いものが生まれると思っています。

高橋:今回のJR東日本さんとソニーグループの共創は、ソニーグループの強みであるエンタメの力とJR東日本さんが持つ新幹線や駅という唯一無二のアセットを、両者で最大限に活かしながら共通目標である地方創生という社会課題へ挑戦し、オープンイノベーションという理想的な形を実現することができました。
今回の共創事例を一つの成功モデルとして、今後もさまざまな領域のパートナーの皆さまと共に、新規事業の創出やアライアンスを加速させていきたいと考えています。
Sony Acceleration Platformでは、大企業同士の強みを掛け合わせることで、1社だけでは創出できなかった新たな価値やビジネスチャンスを創出するバウンダリースパナーとして、その役割を先頭で担い、境界を越えて新たな事業を皆様と一緒に次々と生み出していきます。是非、今回の記事をご覧いただき、ソニーグループとのオープンイノベーションやビジネスマッチングに関心がございましたら、Sony Acceleration Platformまで、お問い合わせをお待ちしています。

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※本記事は、2026年6月取材です。

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、1050件以上の支援を27業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2026年6月末時点)

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