Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。 本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、株式会社ダイセルのセイフティSBU(Strategic Business Unit)における取り組みをご紹介します。同社は、約40年にわたり自動車安全部品で培ってきた火工品技術を核に、オープンイノベーションを推進してきました。そこから生まれた、ウェアラブルエアバッグ「Asuho(あすほ)」の誕生の軌跡を追います。





管理部門から事業部門への転身、プロジェクトの始まり。
――本プロジェクトの始まりと皆さんの役割を教えてください。
橋本さん:私は、今でこそ事業企画という肩書きでここにいますが、元々は人事や海外拠点の事業支援部門などの道を歩んできた人間で、新規事業開発に関してはまったくの素人でした。ただ、事業支援部門という立場に身を置きながらも、心のどこかで「いつか自分の力でお金を稼いでみたい」という強い思いをずっと抱えていたんです。人事など事業支援部門にいるとなかなか叶わない目標でしたが、今の事業部に配属され、当社は比較的自由な気風もあって、半分アングラのような形で活動を始めたのが、これからお話しする当プロジェクトの始まりでした。今は社内外の多くの方に学びながら、マーケティングからセールス、収益計画策定、さらには技術開発における市場ニーズの深掘りまで、技術開発そのもの以外はほぼすべて見よう見まねで泥臭くやっています。
石原さん:私は入社以来30年近く、一貫して法務の道を歩んできました。途中から自動車のエアバッグ部品を扱うセイフティ事業専属の法務として、数多くのビジネスを法的側面から支えてきましたが、橋本がこのプロジェクトを始めた際、「法務だけに留まらず、自分にできることはないか」という想いで飛び込みました。最近では、雪の降る北陸の病院へ橋本と一緒に足を運ぶなど、事務方の枠を超えて現場にも積極的に赴いております。そこで現場の方々と関係性を築き、現場に深く入り込む活動を楽しんでいます。
塚谷:私はソニーに入社後、テレビのエンジニアをしておりましたが、その後社内で新規事業を立ち上げた経験があります。今回のプロジェクトでは、ダイセルさんが希望されていた「事業経験があり、かつ技術的な素養も備えた人材」という要件に合致していたこともあり、アクセラレーターとして参加しました。
ダイセルさんが持つ「人を守る確かな技術」をいかに市場に適合させ、持続可能なビジネスに育てるか。ロードマップの議論から具体的な事業計画の策定までご支援しています。
荒木:私はSony Acceleration Platformで主にブランディングやコミュニケーション設計を担当しています 。いよいよプロジェクトのローンチが近づいてきたフェーズから参加させていただきましたが、橋本さん・石原さんはじめ、技術メンバー、外部の協業先等とても多くの方がプロジェクトに関わっていました。今後対外的に発信していく際に、Asuhoは何を目指していて、どのようなことを大切にすべきブランドなのか、というブランドビジョンの整理や言語化のサポートをさせていただきました。プロジェクトに関わっている皆さんの想いを可視化するのが私の役割だと思っています。
安全安心といえばダイセルと言われたい
――ダイセルさんの主力である「エアバッグ用インフレータ」は世界屈指のシェアを誇ります。なぜ今、新規事業が必要だったのでしょうか。
橋本さん:現在のインフレータ事業は、自動車の安全を司る部品として非常に強力な収益基盤です。しかし、中長期的な事業計画についてSBU内メンバーと議論を重ねる中で、我々は「もっと多くの方の人生に寄り添い、一人でも多くの方に安全安心を直接お届けしたい」という思いを持っていることに気づきました。私たちは二次サプライヤーとして、一次サプライヤーの方々の期待にこたえる製品を作るビジネスに取り組んできましたが、それだけでは世の中に安全安心を提供しきれたとは言えない。自分たちで安全安心を軸として社会課題を探索し、お客様のニーズを直接拾い上げて、新たな安全安心の価値を世の中に提供することに挑戦したかったんです。
石原さん:橋本はとにかくチャレンジ精神が旺盛なんです。かつてタイの拠点にいた時、当時の社長から「何でも挑戦していい」と言われ、工場の余った広い土地で従業員と一緒に畑を始めたような男ですから!
橋本さん:2020年ごろから新しい取り組みを模索する中で、私たちの中で芽生えたのは、「自分たちの培ってきた安全技術を使って、直接エンドユーザーを救うことはできないか」という思いでした。ターゲットとして見えてきたのが、高齢者の転倒事故です。世の中を見渡すと、転倒を『見守る』サービスや、転倒した後に『通知する』仕組みはたくさんあります。でも、いざ転んでしまった瞬間に、その衝撃から体を『物理的に守る』というソリューションだけが、決定的な解決策をもてていないことに気づきました。
途中、紆余曲折色々ありましたが、あるタイミングで今私たちが持っているインフレータを使用したエアバッグが世の中に役立つのではという示唆をいただいた方と出会い、そこから舵を切り、このあとご紹介するサービスに繋がりました。
――Sony Acceleration Platformにお声がけいただいたきっかけは何でしょうか。
塚谷:最初にダイセルさんから相談をいただいた時のことはよく覚えています。橋本さんと発起人の山崎さんが海外出張中に、「ソニーの事業開発支援サービス(Sony Acceleration Platform)に頼めないか」と話し合い、帰国後問い合わせをくださったのですよね。
橋本さん:探索を初めた頃はみんな本業が忙しく、なかなか打ち合わせも続かない「鳴かず飛ばず」の時期が2年ほど続きました。アイデアをもってニーズがありそうな企業や介護施設、病院などを訪問して、新たな価値についてブラッシュアップを重ねていきました。
ようやく社外から技術者を採用し、いよいよ本格的に動こうとした段階で、自分たちがこれまで進めてきたプロセスが本当に正しいのか、本プロジェクトが多くの方の人生を背負うことになる中で、自分に抜けている観点が無いのかがとても気になりました。そこで、外部のサポートを得ようとさまざまなコンサルの方に話を伺う中で、ソニーさんは、同じ「事業会社」として泥臭い苦労も知っているし、私たちがやりたいことを尊重しながら、私たちのやり方に親和性の高いアドバイスをくれると感じました。
塚谷:お問い合わせをいただいてから、実際にお会いして支援が決まるまでわずか2週間ほどでした。当時の印象は、社会課題解決という「大義」と「技術的担保」に非常に可能性を感じる一方で、プロジェクトのできているところと凹んでいるところがある、ややアンバランスな状態でした。これを一度整理し直せば、一気に進むようになるだろうと確信して提案させていただきました。
明日も歩ける喜びをウェアラブルエアバッグ「Asuho」に込めて
―――現在開発されている製品「Asuho」について詳しく教えてください。
橋本さん:「Asuho」は、「負担の少ないベスト」という商品コンセプトとした、高齢者向けのウェアラブルエアバッグです。高齢者が骨折リスクの高い転倒を開始した瞬間にエアバッグを膨らませ、致命的な骨折を防ぎます。名前の由来は、「明日も今日と同じように歩んでいけるように」という願いを込めて「明日も歩く=Asuho」としました。
これは、単に怪我を防ぐのが目的ではなく、高齢者の方がいきいきと楽しく生活されることで、その活力が下の世代にも伝わっていく、そんなポジティブな連鎖が生まれる世の中を実現したいという思いを込めています。
塚谷:技術的に優位性があると思います。ダイセルさんの持つ技術を使えば、高齢者が24時間、寝ている時も着けていられるだけの小型・軽量化が可能と伺っています。缶ジュース1本分程度くらいの重さで、ジャケットを羽織ることで体への負荷を分散させ、体感的な軽さを追求されています。
石原さん:デザインにも非常に力を入れています。単なる「介護用品」に見えてしまうと、ご本人が着けるのを嫌がってしまいますから。そこで、東京やパリで活躍されている本格的なデザイナーの方にウェア部分のデザインを依頼しております。機能的でありながら、おしゃれで着たくなるものを目指しています。
カメラから「センサー」への苦渋の決断
―――開発過程で、カメラからセンサーへの大きな方針転換があったそうですね。
塚谷:はい。当初は「病院の天井にカメラを設置して、AIで人の姿勢を検知し、無線で指示を送ってエアバッグを膨らませる」という構想をお持ちでした。しかし、ユースケースを整理したときに、カメラだけでは「やりたいことができない」のが明白でした。また、当時の環境では認識精度の問題もあり、方針転換をされました。
橋本さん:僕らにとっては、画像検知に強みを持つベンチャー企業と1年くらい作り込んできた大事な構想だったんですけどね(笑)。
石原さん:そのほかの観点でも、実際に病院や介護施設を数多く回ると、プライバシーの問題が想像以上に根強いことが分かりました。シニアの方の転倒の検知や介護職の皆さんの業務を効率化していくためにカメラを居室に導入したい現場の声はあるものの、利用者側から「プライバシーが侵害される」と言われると、どうしても導入が進まない現実がありました。
橋本さん:そこで、カメラという映像に頼ることから、本体に内蔵した「ジャイロセンサー」で自身の動きを検知し、完結する形に切り替えました。これはダイセルが自動車安全で培ってきたエアバッグの技術に近く、ルールベースで確実な作動判断ができるため、命を預かる製品としての信頼性が格段に高まりました。
塚谷:この顧客視点に立った、早い段階でのピボットの判断が事業の推進には不可欠でした。結果的に、センサーに切り替えたことで、新しい付加価値も生まれました。転倒を「守る」だけでなく、日々の歩行バランスやスピードをデータとして蓄積できるようになったんです 。これが「離床センサー」の代わりになったり、本人の歩き方の変化から転倒リスクを事前に察知したりと、ソフト面でのサービス展開も見えてきました。
プロジェクトメンバーの想いを言葉に
――これからサービスを世に送り出すにあたり、今回どのようなアプローチでブランディングを進められたのでしょうか。
荒木:私は、プロトタイプができてローンチが見えてきて、最終的にユーザーに使ってもらうために、必要なブランディングやプロモーションの検討の段階でアクセラレーターとして参画しました。今後より多くの人が関わっていくプロジェクトとして、まずはプロジェクト内での意識や価値観をすり合わせていくため、プロジェクトの内面を可視化することに注力しました。ソニーのデザイナーにも入ってもらい、経営層・技術メンバーを含む16名ものプロジェクトメンバーに個別にインタビューを行いました。皆さんが何を大切にされているのか、どのような課題感を持っているのかをヒアリングし、整理しました。
石原さん:あのインタビューは大きかったですね。それまで各メンバーがバラバラに持っていた想いが言語化されたことで、「自分たちが目指すべき方向」が明確になりました。
荒木:印象的だったのは、言葉や表現は違いましたが、皆さんお話しされていることに大きな差がなかったということでした。同じ方向を向いてプロジェクトに取り組まれていることがヒアリングを通してわかったので、その思いを言語化してプロジェクトで共有することが重要だと感じました。最終的には、ブランドブックのような資料にしてAsuhoの目指す姿、大切にすべき価値観、判断基準となるキーワード等をまとめてプロジェクトメンバーの皆さんにも共有させていただきました。Asuhoの存在意義であるパーパスは、「日常のリスクを見つけ出し安心して暮らせる毎日を支える。」という言葉を策定しています。これまでは主に「安全」を届ける事業体でしたが、これからはユーザーに「安心」を届ける、そのために日常にある様々なリスクに着目して、サービスを開発するというプロジェクトの目指す姿を言語化しています。後から入ってくるメンバーにとっても、この指針があることで「どういう考え方でこのプロジェクトに取り組むべきか」が明確になります。これが社内の文化をポジティブに変えていくものになってくれると嬉しいなと思います。


石原さん:あとは、プロモーションもあらゆる施策案を考えています。高齢者の方々に認知してもらうために、どのようなことができるのか―。
高齢者の方々は、「自分は大丈夫」と考えていらっしゃる方が多いのが実状ですが、実際には予期せぬ事態が起こり得ます。そのため、まずは病院や施設を中心に導入を進めていきますが、将来的に在宅や一般家庭への普及を目指す段階では、製品の存在を知らせるだけでなく、転倒リスクそのものに対する認知をいかに高めていくかが極めて重要な課題となります。
橋本さん:そこで、たとえば小学校で実施されるような交通安全教室の高齢者の方向けバージョンはどうか。そうなると、どうしたら企画したイベントに人が集まってくれるのか、といったアイデアが出ます。
また、石原が現場に「Asuho」を着て行くと、看護師さんから普段着としてもおしゃれだと褒められこともあり、それならばプロジェクトメンバー内でアイドルユニットを結成して、オシャレな「Asuho」を身に着けて温泉街を回り、歌って踊るなんてアイデアはどうか、などと一生懸命考え、話し合っています。荒木さんに相談したところ「ソニーなら、曲も作れますよ!」と言ってくれて。
社内の「常識」を打ち破る挑戦
――このプロジェクトを推進する中での最大の苦労は何でしたか?
橋本さん:やはり自分たちが経験のないことに挑戦し続けることです。ダイセル社内で最終ユーザーの使い心地まで意識して製品開発を自ら主導することは新たな挑戦でした。一時期は、現場のニーズを早く形にしたい私と、品質や実現可能性を重んじる技術陣との間で「バチバチ」と火花が散ることもありました。最適なスケジュールを組もうとしても、初めて最終製品を世に出す私たちにとっては、これまでの常識が通用しない場面が多々ありました。
石原さん:橋本が一人でカッカしながら突っ走っていた時期もありましたが(笑)、そこに「新しいことをやりたい」という志を持って入社してくれた中途採用の技術者たちが合流し、さらに社内の若手も呼応していきました。最初は数名だったチームが、今では工場の製造や調達まで巻き込む大きなチームへと成長しています。
塚谷:外部から伴走していて感じたのは、メンバーの皆さんの「覚悟」の変化です。最初は不安を抱えていた橋本さんも、お客様にプロトタイプを提示し、色々な方から「これはいい。早く商品化してほしい」という切実な声に触れるたび、それが確固たる自信に変わっていったように見受けられました。
世界を変える「みんなの製品」へ!実証実験に向けて
――今後の展望を教えてください。
橋本さん:試作品がこの形になるまでに、本当に多くの企業や病院、介護施設の皆さまにお時間を頂いてきました。今にして思うと、はじめは全く使い勝手の悪いサンプルを作ってしまっており、それでも親身にアドバイスをくださった方々に、深く感謝しております。そして、我々はやっと恩返しができるところまできました。5月より開始する広島大学病院主導の臨床研究により、さらに製品の使い勝手を向上させ、来年には必要としていただいている方々にAsuhoをお届けできるよう、もうひと踏ん張り、仲間とともに進めて参ります。
>> ダイセル社 プレスリリース「自動車安全技術を応用した「ウェアラブルバッグ」で新規事業を本格始動」
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石原さん:一刻も早く、評価段階を終えて製品化し、現場の切実なニーズに応えたいです。まずは施設や病院から導入を始めますが、ゆくゆくは一般のご家庭で、まるで「お守り」のように当たり前に使われる世界を目指しています。
塚谷:臨床研究で利用される試作機についても一部Sony Acceleration Platformにて開発を支援しております。今回開発した試作機で実際に利用された方が救われる手応えを、臨床研究を通じて感じてほしいです。
石原さん:ここで”コケる”わけにはいきません 。自分の親や、将来の自分自身が使う姿をリアルに想像しながら、一歩ずつ着実に進んでいくだけです。「明日も同じように歩んでいける」。そんな当たり前の幸せを、僕らの技術で守り抜いていきたいです。
※本インタビューは、2026年4月時点のものです。

いかがでしたか?次回は、技術陣の皆さん目線から、「Asuho」誕生秘話をお届けします。