Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、AIとIoTによって「現場の仕事をラクにする」ことに挑むLiLz株式会社(以下、リルズ)です。
技術革新によって、あらゆる社会課題に革新的なアプローチが可能になってきましたが、敷地面積の広い製鉄・化学・石油精製の設備保全や、水処理・電気プラント、施設管理、建設現場の仕事では、一般的なIT技術では解決が難しい複雑な課題がまだ多く残されています。
そうした課題に対して、リルズはどのように解決していくのか。同社の代表取締役社長である大西敬吾さんに、起業の経緯や直面した壁、そして業界初となる防爆対応IoTカメラ「LC-EX10」の開発秘話について詳しく伺いました。
前編では、起業の経緯や現場へのこだわり、「LC-EX10」誕生のきっかけを中心にご紹介します。


■現場へのこだわり
―― まず、リルズはどのような会社なのでしょうか?
大西さん:私たちは「機械学習とIoTの技術融合で、現場の仕事をラクにする」というミッションを掲げて、製鉄所や石油化学プラントといった現場で行われている日常点検などを、リモート化・デジタル化するための点検用IoTカメラとAIクラウドサービスを提供しています。
私たちの社会活動を支えるさまざまな現場には、一般的なIT技術では解決できない非効率な仕事が溢れています。例えば、大規模な工場やビル、プラントなどには無数のアナログメーターが設置されていますが、その点検は今でも多くの現場で、人が巡回して目視で行うのが主流です。これは非常に時間と手間がかかります。私たちは、そういった現場に残された複雑な課題を、AIとIoTを活用した完成度の高いプロダクトで解決したいと考えています。

―― 「現場の仕事をラクに」するために、具体的にどんなサービスを提供していますか?
大西さん:当社の主力サービスである「LiLz Gauge(リルズゲージ)」は、自社開発の低消費電力IoTカメラと、アナログメーターなどの情報をデジタル値として読み取るAIクラウドサービスで構成されています。IoTカメラを点検対象のアナログメーターが見える位置に設置することで、離れた場所からPCやスマートフォン、タブレットで数値や画像データを確認できるようになります。これにより、危険な場所に人が行く必要がなくなったり、広大な施設内を巡回する手間が省けたりと、日常点検の省力化や業務効率化を実現できます。

――このサービスはどのように生まれたのですか?
大西さん:もともとリルズは、沖縄のITベンチャーからのカーブアウト(事業分離)という形で2017年に誕生しました。最初は受託開発なども行いながらプロダクトの種を探しており、創業メンバーとのチーム力が活かせる課題を見つけようと、さまざまなアクセラレーションプログラムに参加していました。その中で、現場の方から「アナログメーターの目視点検の負担が大きい」という課題を聞いたのがきっかけです。
また、マーケットを選ぶ上で、現場向けの仕事の方が、自分自身がより長く続けられるだろうと思ったことも理由の一つです。これは、私の父が電気工事士で、80歳目前の今も現役で働いているという環境で育ったことが影響しているかもしれません。作業着を着ている父の姿しか見たことがなかったので、現場で使われるものや現場の人に喜ばれるものを作ることに自然と興味があったんです。
■大反対されたカメラ開発
――「リルズゲージ」の開発は順調に進みましたか?
大西さん:現場の課題を深く掘り下げていくと、アナログメーターの値を読み取るAIクラウドサービスを開発するためには、まず現場のメーターを撮影するためのIoTカメラが必要だという結論に至りました。私は当時、このIoTカメラを自社で開発しようと考えたのですが、私を除く創業メンバーは全員がAIの専門だったということもあり、「AIメンバー中心の会社なのに、なぜリスクを冒してまでハードウェア、しかもカメラを自社開発するのか?」や「世の中には同じようなカメラはきっとあるだろう」などの意見が多数上がり、誰に話しても反対される状況でした。
――その中で、大西さんはなぜ自社でのIoTカメラ開発を強く推し進めたのでしょうか?
大西さん:私はこれまでのキャリアの中で、ハードウェアとソフトウェアの開発部門が分かれていて、連携がうまくいかず、ユーザー体験を損なっている光景を何度も見てきました。一つのプロダクトを作る上で、ハードウェアとソフトウェアの間に壁を作りたくないという強い想いがあったんです。課題を完全に解決するためには、必要ならハードウェアも自社で作るべきだと考えていました。
また、他の企業が提供する遠隔点検システムは、カメラが1台100万円以上するなど、非常に高額でした。マーケットが存在することは分かっているのに普及していないということは、もっと使いやすい・手頃な価格の製品を出せば売れるということの証明だと捉えました。
――チームの反対はどう説得したのですか?
大西さん:実は、こっそり作りました(笑)。チームメンバーには「あくまで試作だから」と伝えながら、夜な夜な一人でアナログメーターの撮影テストを繰り返したり、量産の準備を進めたりしました。量産仕様のカメラが完成し、それをチームメンバーに見せた時、彼らは「これはすごい」「あの時の反対は間違っていた」と言ってくれたんです。
結果的に、メンバーとの強い信頼関係を築くことができたと感じています。IoTカメラの開発を通じて、ハードウェアとソフトウェアの両方を深く追求することで、片方だけでは見えなかったものが見えることを実感しました。

■「防爆対応はありますか?」 現場からの熱い要望
――「リルズゲージ」の提供を開始されてから、どのような反響がありましたか?
大西さん:「電源工事やネットワーク工事が不要で簡単に設置できる」、「あらゆるデザインの既存メーターをAIで読み取れる」といった利便性が評価され、多くのお客様に導入が進んでいます。そんな中、2019年に「リルズゲージ」を展示会に出展した際に、多くのお客様から「防爆対応はありますか?」という質問を繰り返し受けました。展示会期間中に100回以上は聞かれたと思います。当時の私たちは「ぼうばく」が何を意味するのか分からず、お客様に聞き返すところから始まったほどです。調べると、石油化学プラントや化学工場など、爆発性のガスや粉塵が存在する可能性のある危険区域では、特別な措置設計や防火管理が必要で、防爆認証を取得した機器でないと設置できないということが分かりました。ですので、私たちの製品をこのような環境で使っていただくためには、IoTカメラを防爆対応にする必要があったのです。
――そういった危険な場所での点検ニーズも高かったのですね。
大西さん:はい。繰り返し聞かれる「防爆対応はありますか?」という問いは、私にとって「この難しい問題、君なら解けるか?」と挑戦状を叩きつけられているように感じられました。何度も同じフレーズで聞かれるうちに好奇心が増大し、「これは取り組むべき課題だ」と強く感じました。「リルズゲージ」の最初のバージョンをサービスインする直前だったので、本格的に防爆対応IoTカメラの開発に着手できたのは2021年からになります。構想自体は30分もかかりませんでしたが、開発には大きな壁が立ちはだかり、約3年がかりの挑戦が始まりました。

展示会での現場の声に触発され、「防爆対応」という新たな課題に取り組むことにした大西さんですが、その開発の道のりは、決して平坦なものではありませんでした。難易度の高い技術的な挑戦、そして予期せぬ試練が待ち受けていたのです。
後編も、ぜひお楽しみに!
