Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、金属3Dプリンター事業に新たに取り組む、JFEスチール株式会社のプロジェクトを全3回にわたってご紹介します。
第3回目となる本記事では、新規事業開発の再現性を高める組織づくりについてお伝えします。
>>1記事目:JFEスチール株式会社 #01|「設備産業の病院」へ!顧客視点でアイデアを飛躍
>>2記事目:JFEスチール株式会社 #02|足を運び、アイデア実現のパートナーと出会う

※上記は支援当時。現在は、本社の関連事業部に勤務中。


新規事業開発は、最初の一歩を踏み出せるか
中田:実際、今回のJFEさんの取り組みは、色々と見習うところがありました。大企業の”新規事業あるある”の課題に本当にたくさんぶつかっていただきました。
これまでお話しいただいたことは、バリューチェーンというところにつながると思います。
事業を発案し、まずは実行体制を作っていきましょうとなった際に、大企業はそれぞれの事業がバリューチェーンをもっているので、新しいことをやり始める時、安易な発想で「言ったらやらせてもらえるんじゃないか」というところから始まる。
でも実はそうではなくて、滅茶苦茶縦割りの組織で全部の相談先に断られたり、「僕たちはこの事業をやっているので、(そちらの提案している内容は)やれません」という話になってしまったりすることが多々あります。
だから、今回でいうと増岡さんたちは、バリューチェーンをデザインするところをやらなければいけませんでした。しかし当然、研究所の中だけでは、できません。だから結局会社の外でやるということになり、増岡さんの話にあったように自分たちが実現したいことを実行するためには、他社もグループの中に取り入れてサービスを提供するという発想を持って取り組んだというところが、大きくステップアップするポイントの一つだったと思います。
結果的にはグループ会社と組んでいますが、余計な条件を全部取っ払って、実行するために何ができるのかという選択肢をきちんと検討し、それを分析するために展示会という形で、現地に足を運んで確認をしたというところが大きなポイントです。
これを口で言うのは簡単なのですが、実際「展示会に行ってください」と言うと、行く人と行かない人に分かれます。忙しいから行かないなどとあらゆる理由をつけて行かない人が結構います。「新規事業やりたい!」と言っているのに。だから、そこの一歩を踏み出したというのは、非常に大きな差分だと思います。
増岡さんが仰っていた、展示会に出している人たちの熱意もそうですし、増岡さんが足を運んだという熱意がやはり相手に伝わっていて、「じゃあ増岡さんと一緒にやってみようかな」となるわけで、もしメールで一回連絡する程度であれば返事も来なかったかもしれません。そこは、事業開発をデジタルで語れない部分です。
とはいえ、研究員一筋だった増岡さんにとっては、最初は簡単ではなかったと思いますが・・・。
増岡さん:そうですね。私は元々、鋼板の表面処理の研究開発をしていたのですが、鋼板の中でも自動車用鋼板、しかもそれを綺麗に塗装する表面処理という分野があるのですが、そこを担当していたので、自動車会社で塗装が上手くいかないというトラブルが起こると、お客様のところに赴きます。そのため鋼板を売るという営業はしませんが、トラブル対応の場面ではお客様に接する仕事をしていました。
自動車は、ドア・ボンネットなど部位ごとに異なる鉄鋼会社が鋼板を供給しています。自動車メーカーの工場から「(JFEスチールの鋼板が使われている部位で)塗料が綺麗に塗れない」と連絡が入ったら、すぐにお客様のところに飛んでいきました。そのような欠陥対応の経験をしていたので、お客様と会話すること自体にあまり抵抗はなかったのですが、トラブル対応の形でお客様にお会いするのがほとんでした(笑)
だからこれから普及が進む金属3Dプリンターについてお客様と前向きなお話しするのは、これから一緒に仕事ができるかもしれないという意味で とても楽しかったです。
もうひとつ良かったことがあります。私は研究員なので、実験をたくさんする中ですごい性能のものができた場合、「これは絶対お客様が使ってくれるはずだ!」と思ってしまいます。
ところがお客様は、それを「性能が出すぎだから、その8割ぐらいの性能でも十分で、この値段で欲しい」とおっしゃる場合がある。そんな時に、お客様ときちんと会話してフィードバックを受けていれば、性能と値段を両立した最良の商品開発に集中できるじゃないですか。
仮にこれを自分の上司が、経験値から「そんな高い性能のものをそんなに高い値段で売れないよ。8割の性能で良いから、もうちょっと安く作る方がいいよ」と言っても、私たち研究員は高性能を求める気持ちが強く多分方針を変えられないんです(笑)。でも商品を買って頂くお客様に、性能が良いものを作っても高くては買えないと言われたら、方針を変えるんです。
そういう意味では、やっぱり研究員もあるところでは、直接お客様の話を聞かないといけない、むしろ聞くべきだというのは勉強になりました。
だから、Sony Acceleration Platformの伴走支援が終わった後も、お客様のところへ足を運んで生の声を聞くということは続けたいと思っています。
特に新規用途開拓では、リソースが限られている中で研究開発を行うため、研究開発が完了した瞬間にお客様に買って頂ける状態であることが重要と考えています。その意味でも、お客様の生の声を研究員が聞くことは何よりも大事だと思っています。

フラットかつあらゆる視点で事業を見つめる
増岡さん:やっぱりこのプロジェクトの立ち上げは、大変でした。
しかし、JFEという会社を成長させるためには、この取り組みの再現性が必要だと考えています。
私は、これまで研究所所属で自動車用鋼板の開発部署で、部署内の金属に関する知見を持つ先輩、上司に指導を受けて活動していたので、 中田さんと出会った当初、「金属3Dプリンターのことがわかるのか」といぶかしげに思いながらSony Acceleration Platformの支援を受け始めました。しかし、最近私自身実感しているのは、むしろ技術においてはその技術の知見を持たない方が壁打ち相手となるのが良いのではないか ということです。その方が恣意的にならず フラットにアイデアや事業を見たり、評価したりできると感じます。 先ほども話しましたが、研究員って自分の興味に対して盲目的になってしまいがちです。「自分ですごいものを作ったら高く売れる」と。でも、「ちょいちょい!違うよ!」と俯瞰して声をかけてくれる人が必要なのです。
だから私も、私の後に続くメンバーも、Sony Acceleration Platformの中田さんに依頼して支援をしてもらいました。私がソニーさんに2~3度依頼をしたので、会社とは「増岡が後輩たちに教えたらよいのでは?」というやりとりがありました。しかし、私は中田さんにフラットな視点で壁打ちしてもらったからわかるのですが 、研究員はその道を研究してきた先輩・上司に教わる環境の中で育ってきているので、元研究員の私を事業開発担当ではなく研究員として見てしまいます。 研究員自身が事業開発をおこなっていることを自覚するには、 一回外の風にあたらないと難しい。多分「展示会に行きなさい」と元研究員の 私が後輩たちに言っても、行く者もいれば、行きたがらない者もいる。だから、中田さんのようなフラットな視点でアドバイスをくれる方が必要なのです。
今、研究所内で新規事業を考えることを一生懸命やっていますが、やはり営業の人、人事の人など、様々なバックグラウンドの人を集めて、一つのアイデアをあらゆる方向から見て、ああでもないこうでもないと議論をすることが重要だと思います。「今度の展示会ではここを確認しようか」と行って帰ってきて、また話して・・・。こうして多種多様なメンバーで小さなサイクルをたくさん回して、ちょっとずつ正しい方向に進んでいくのが、結果的には良いのだろうなと。それを学ばせていただきました。

「JFEさんがやらないと」の言葉を受け取って
中田:自分が言っていたことで恐縮ですが、価値に価格を入れないようにしましょうというところから、そこで価値が即答できなかったというところから、今日お話をお伺いして、すごく自信を持って今回の3Dプリンターのプロジェクトが価値のあることだとお伝えいただいたというのがよかったですね。改めて今回の価値を一言で表すとどこに価値があると思いますか。
増岡さん: JFEグループで連携して展示会を行い、来訪頂いた人から 「JFEさんがやらないと金属3Dプリンターは普及しない」と、金属3Dプリンターを推進する方々からそういった回答が出てきます。金属3Dプリンターをまだ推進していない人たちは、「匠の人がいずれいなくなるから、それで金属3Dプリンターが気になっていたけど、JFEさんがやっているということは、自社もやっぱりやらなきゃダメかな」といったような声もいただきました。JFEってすごいな!というのをもう一回認識できましたね。
そして、お客様の声を聞いて振り返るというのをたくさん回すことが、中田さんに支援を依頼した際の一番大切なアウトプットだったと思います。それをしたから「(価値は)値段じゃない」ということに気づけましたので(笑)
一番印象に残った言葉ですよ。「価格は入れちゃダメ!」


以上、3回にわたりお届けしてきましたが、いかがでしたか?
インタビューが始まった開口一番、「しんどかったです!まだ終わったわけじゃないすけど。まだ始まったばかりなので。」と楽しそうに笑顔で語られる増岡さんが印象的でした。
※本記事の内容は2025年3月時点のものです。