Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
テレビの前に座るだけで、離れた場所に暮らす高齢の親と顔を見合わせて会話ができ、その場からボタン一つで買い物や行政手続きの決済まで完結する―。スマートテレビアプリ「ROUTE PAY TV」の上市に向けた取り組みが進められている。プロジェクトを推進するのは、独自の決済インフラを持つ株式会社PAY ROUTEと通信アプリケーションのプロフェッショナルであるアイディオ株式会社と、の2社。
しかし、決済とソフトウェアの領域で強みを持つ両社にとって、「ハードウェアであるテレビリモコンをゼロから設計・量産する」ことは、これまでにない未知の領域でした。数々の課題をいかにしてクリアし、上市へと導いたのか。仕様策定から量産、販売戦略にいたるまでの軌跡を紐解きます。





画面の向こうと手元が繋がる!ワンプッシュが仕掛けるテレビの超進化
――まずは今回開発された新サービス「ROUTE PAY TV」と専用リモコンが、どのような魅力を持つプロダクトか、ご紹介ください。
津田さん:私たちが手がける『ROUTE PAY TV』と専用リモコンは、シニア層が直面しているデジタル格差を解消し、テレビを「家族や社会との確固たる窓口」に変えるサービスです。
最大の特徴は2つあります。
1つ目は「ワンタッチで大画面でのテレビ電話ができること」です。高齢者の方がスマートフォンで孫と顔を見合わせて話そうとしても、画面が小さくて見づらいという問題がありました。ましてやZoom等を使いこなせるシニア層は一握りです。それが、このリモコンであれば、使い慣れた家のテレビで一番分かりやすいボタンをワンプッシュするだけで、すぐに離れた家族と大画面で繋がることができます。高齢者住宅や介護関係の事業者様からも「後期高齢者でも迷わず使えて本当にありがたい」と非常に強い共感をいただいています。
2つ目は、これまで市場に存在しなかった仕組みである「TV PAY(決済連動)ボタン」の搭載です。たとえば、通販番組を見ていて商品が欲しいと思ったとき、現状は画面のQRコードをスマホで読み取るか、フリーダイヤルに電話をかけるしかありません。ECサイトを使いこなせるシニア層もまだ少ないのが現実です。それが、このリモコンであれば、番組を見ていて「欲しい」と思った瞬間に、手元のTV PAYボタンをワンプッシュするだけで、商品の詳細画面がテレビに立ち上がり、そのまま購入・決済までが完結します。この決済の仕組みとしては、ユーザーは事前にお持ちのクレジットカード情報を登録しておきます。一方、番組を放送する事業者側は、私たちのシステム内に商品を登録していただきます。すると商品識別用の独自のコードが発行され、それが放送画面上に表示されている間は、手元のボタン一つで購入可能になります。番組の紹介が終わって次の商品に移れば、連動して手元で購入できる対象も自動的に切り替わる仕組みです。

ここで技術的なブレイクスルーとなっているのが、このリモコンには「QRコードを読み取るためのカメラが一切付いていない」という点です。「カメラがないのに画面を正確に識別し、手元で安全に決済ができる」―。この制御の仕組みこそが、私たちが今回特許を取得して組み込んだ革新技術になります。スマホの操作に苦手意識を持つシニア層でも、これなら知識なしで直感的にショッピングを楽しめます。私たちはこのリモコンを通じて、もう一度、家の中にあるテレビを娯楽の中心、そして家族団らんの中心に回帰させたいと考えているのです。
消失した「画面のカーソル」を追って。ソフトウェアのプロが挑んだ未知
――非常に魅力的なプロダクトですね。そもそもなぜこの専用ハードウェアを開発しようと考えたのでしょうか。その原点となる背景を教えてください。
稲毛さん:私は、長くアプリケーション開発を専門に手がけてきました。スマートフォンやタブレットが登場した時期には医療系のアプリなど一通りのソフトウェア開発を経験しています。その知見をベースに、テレビ電話アプリの技術基盤自体は自社のソフトウェア技術ですでに構築を完了させていました。
しかし、実際の介護現場やシニア層の利用情景を想定したとき、既存の市販されているスマートテレビや動画視聴デバイス用のリモコンはボタンが小さく、操作ステップが多すぎるため、高齢者にとっては高いハードルになっていました。
特に、画面上のアイコンを選択する際にカーソルを動かすと、その位置が「ちょっとだけ大きく表示」される仕様がありますよね。あの小さな変化が、老眼が進んだ高齢者の方々には「どこにカーソルがあるのか全く見えない、分からない」という致命的な問題になっていたのです。色々押し倒して画面が迷子になり、3時間後にはもう使い方が分からなくなってしまう。だからこそ、ソフトウェアの枠に閉じず、専用のハードウェア、つまりTVリモコンを自社で開発する必要がある、と腹をくくりました。
津田さん:私たちPAY ROUTEは、決済の領域を主戦場としてきた会社です。お客様に新しい決済体験を届けることには情熱を注いできましたが、それを支えるハードウェア、いわゆる「ものづくり」に自ら踏み込むのは、これが初めての試みでした。そんな中で稲毛様からこの熱いハードウェア構想を伺ったとき、私たちPAY ROUTEの決済ソリューションを組み合わせることで、これまでにない確固たるインフラを作れると確信しました。
ただ、いざハードウェアの開発に踏み出そうとした段階で、大きな壁に直面しました。私たちは決済アプリやソフトウェアの領域には確かなノウハウがあっても、追加機能を実装するために、メーカーと対等な技術交渉を行うための、TVリモコンに関する知見や人材が社内に完全に不足していたのです。
稲毛さん:初期の検討段階では、形状として手で持つ「ハンディ型」がいいのか、それともテーブルの上に置いて使う「据え置き型(テーブルトップ型)」が良いのか、それすら絞りきれずに並行して検討している状態でした。さらに、リモコンの製造会社の候補と交渉を進めようにも、提示されるハードウェアの専門用語を正確に咀嚼できず、要求仕様のすり合わせが難航していました。このままでは開発スケジュールが遅れ、コストだけが膨らんでしまうという強い懸念があったため、新規事業開発のフレームワークと確かな技術知見を持つSony Acceleration Platformへの支援を要請しました。