Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。
本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回ご紹介するのは、大手自動車部品メーカー太平洋工業株式会社が、新規事業開発プログラムを通じて生み出した防災マット「MATOMAT(マトマット)」です。普段は学校の椅子用のクッション、非常時はマットになるこの製品は、どのようにして生まれたのか。前編では、開発者の原体験にもとづいたアイデア創出から、顧客の心に刺さるコンセプトへの磨き上げまで、その開発の裏側に迫ります。





■ミッションは、自動車部品以外での事業開発
―― 太平洋工業の事業内容と、新規事業推進部の役割について教えてください。
三鴨さん: 弊社は主に自動車部品を製造している会社です。主な製品はプレス部品や樹脂部品、そしてバルブ部品であり、国産車であれば多かれ少なかれ、弊社の部品が使われています。新規事業推進部は、元々あった技術開発部を再編し、2022年に現体制となりました。自動車部品以外の分野で事業開発することをミッションに、IoT製品やアップサイクル製品など、新しい商品や事業の創出に取り組んでいます。現在は70名ほどが在籍しており、エンジニアだけでなく、営業、品質保証、調達など、一つの会社のような機能を持った組織に拡大しています。
── 皆さんはこれまで技術畑のキャリアを歩まれてきたのでしょうか?
三鴨さん: 私は元々エンジニアで、樹脂製品の量産設計をしておりました。その後、旧技術開発部の先行開発部隊に移り、その部隊が新規事業推進部になった流れで、現在は事業企画を担当しています。徐々に上流工程に移動してきたという流れです。
洞口さん: 私も樹脂技術部で、エンジンカバーなどで使われるウレタンの材料開発をしていました。車両電動化の進展に伴い、これまでのエンジン音に加えてコンプレッサーなどの騒音への対策が求められていたためです。その後、現在の部署に異動し、MATOMAT(マトマット)の発案から開発に携わっています。
佐野さん: 私は2019年に入社し、すぐに旧技術開発部に配属されました。当初は接合技術の要素開発を行っていました。その後MATOMAT(マトマット)などの事業に取り組み始め、今は営業も行いつつ、設計も兼任しています。
■廃材活用×原体験で生まれたアイデア
── 今回開発された「MATOMAT(マトマット)」とは、どのような製品なのでしょうか?
三鴨さん: 普段も非常時もいつでも使える防災マットです。普段は学校の椅子用のクッションとして使い、非常時は組み合わせることで防災マットとして使用できます。マットの耳の部分に面ファスナー(マジックテープ)が付いており、簡単に着脱・連結が可能で、この構造で特許も取得しています。
防災備蓄品は、普段は倉庫に眠っていることが多く、いざという時にしか価値を発揮しないため、揃えづらいという課題があります。この製品は、普段教室で使用することができるため、収納スペースが必要ないのです。
洞口さん: 中身のクッション材には、自動車部品を作る過程で出るウレタンの廃材や端材を再利用しています。もともと自動車のエンジンルーム内の部品に使われている素材ですので、断熱性と耐久性にも優れています。



── 自動車部品の廃材を使ってクッションを作るというアイデアは、どのように生まれたのですか?
洞口さん: ウレタンを含む樹脂の廃棄物排出量の削減目標が全社で掲げられていたため、排出される廃材をアップサイクルできないかという課題意識が起点になっています。
廃材の活用策を模索する中でふと思い出したのが、学生時代の記憶です。小学生の頃に教室で使っていた木の椅子は硬く、冬場は冷たかった。特に中学生の時は制服がスカートだったこともあり、教室の寒さが辛いほどでした。クッションがあればいいのにと思っていた当時の記憶が蘇り、それが最初のアイデアの種になりました。
── 原体験が結びついたのですね。クッションから「防災マット」へと進化させた理由は?
洞口さん: 学校の椅子のクッションとしてだけでは、他社製品との差別化が難しく、単なるクッションになってしまうという課題を解決するためです。何か他の使い道もできないかとメンバーと議論を重ね、災害の時に繋ぎ合わせてマットとして使えるような商品にしたら良いのではないか、というアイデアが生まれました。普段はクッションとして座れる・非常時はクッションを繋いでマットとして眠れるという製品の基本的なコンセプトは、この初期段階から一貫して変わっていません。そして、まとまるマットから「MATOMAT(マトマット)」と名付け、非常時にみんなで一致団結するという願いも込めています。

■徹底的な顧客インタビューで磨いた提供価値
── Sony Acceleration Platformはどのような形でお力になれましたか?
三鴨さん: アイデアソンと仮説構築を支援していただきました。リーンスタートアップの考え方や、初期のアイデアの磨き上げなどについて、座学やワークショップを通じて教えてもらいました。その中で最もありがたかったのは、インタビューに関する支援です。
国則: ご支援開始当初、MATOMATはまだアイデアベースの段階であり、立体的な組み立てや防音など、多くの機能が盛り込まれていました。しかし、仮説構築において重要なのは、「本当に求められる価値は何か」を突き止めることです。そこで、顧客へのインタビューを通じてニーズを深堀していただきました。インタビューを重ねる中で本質的な価値を絞り込み、「こういう事業が成り立つはずだ」という事業仮説としてまとめ上げるまで伴走させていただきました。
洞口さん: 実際のインタビューでは、まだMATOMATの実物がなくコンセプトだけで自治体の防災担当の方などに話を聞いてもらわなければならなかったため、アポイントを取る段階から苦労しました。なんとかお時間をいただけることになっても、最初は不慣れだったこともあり、非常に緊張しました。
佐野さん: スクリプトの作り方から、質問の仕方、得られた回答の解釈まで指導していただきましたので、アイデアを磨き上げていくプロセスをしっかりと体得できた感覚です。
国則: 一般的な話にはなりますが、既存事業に携わっていると、どうしても対象顧客をより広く、より多く取りたい、商品の魅力もより多く付加したいと考えがちです。しかし、新規事業は真逆の考え方で進める必要があります。新規事業は、「深く求められている商品を、鋭く深く刺していく」ところから始めなければなりません。そのため、顧客像を絞りに絞って、「このお客さんは絶対に欲しがる」というところまで具体的にしていく必要があります。
三鴨さん: 技術者である我々は、どうしても「良いものを作れば売れる」と考えがちです。しかし、Sony Acceleration Platformの支援の中では、徹底して「顧客の課題」に向き合うことを求められました。自分が届けたいものに対して、絶対に欲しい人を見つけることの大切さ、顧客にとって一番役に立つ商品であることを追求する重要性を認識しました。

顧客インタビューを重ねることで、MATOMATの本質的な価値は明確になりました。
しかし、ここからが本当の正念場でした。開発チームの前に立ちはだかった、事業化承認という大きな壁。
チームはこの難局をどう乗り越えたのか。続きは、後編でお楽しみ下さい!
