2025.03.17
Challengers ーイノベーションの軌跡ー

アインズ株式会社|次世代につなぐ挑戦 樹脂ゼロインキ『eLinks®』

Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。

今回取り上げるのは、新発想の環境対応型インキ『eLinks®』です。

『eLinks®』は、化石原料由来の樹脂(プラスチック)の使用をゼロにしたインキです。このインキをパッケージやパンフレットなどの印刷物に使用することで、環境への負荷を軽減することを目指しています。

この革新的なインキは、インキメーカーではなく、滋賀県にある創業約150年の印刷会社が開発しました。

『eLinks®』の開発ストーリーや、新規事業の醍醐味、これからの目標について、アインズ株式会社の林田頼将さんと松岡正宏さんにお話を伺いました。

アインズ株式会社 営業推進部  林田頼将さん
アインズ株式会社 新規事業グループ  松岡正宏さん

■革新的な「樹脂ゼロ」インキ 印刷会社の生き残りをかけた挑戦

――本プロジェクトにおけるお二人の役割を教えてください。

林田さん:私は営業の立場でこのプロジェクトを推進してきました。営業一筋30年なのですが、この『eLinks®』の発想は、お客様へのヒアリングから種が出てきたものなんです。

松岡さん:私は30年以上技術畑を歩んできました。その経験を活かして『eLinks®』の技術開発を担当しており、今は新規事業チームに在籍しています。

――「樹脂を一切使用しないインキ」は、どれほど革新的なことなのでしょうか?

松岡さん:印刷の時に使われるインキのほとんどは、化石原料由来の樹脂(プラスチック)を使用しています。樹脂は、インキにとっては無くてはならないもので、インキの粘度や乾燥速度、耐久性などの性能を向上させる重要な成分です。ですので、樹脂を使わずにインキの性能を維持しようとするのは、例えるならパンを作る際に小麦粉を一切使わずに同じ食感と味を再現するようなものなんです。過去に樹脂ゼロのインキの開発に挑戦した会社もあったそうですが、いずれも断念したと聞いています。

――なぜインキにとって重要な成分である樹脂をゼロにするのでしょうか?

林田さん:樹脂の多くが石油由来のため、環境負荷が高いと言われています。資源の枯渇の問題や環境意識の高まりを受けて、我々印刷業界としてもその責任を果たすべく、樹脂を全く使わないインキの開発に挑戦することにしました。

次世代に繋げる初の挑戦 樹脂ゼロインキ-画像1

――アインズ株式会社は、印刷会社ですよね?なぜインキを作ることになったのでしょうか?

林田さん:強い危機感があったからです。私は営業としてお客様のところに伺うのですが、まだ紙媒体が主流だった時代はポスターやパンフレット、チラシ、パッケージなどのデザインを起こして工場で印刷するというのが多かったのですが、今はアウトプット先が紙だけではなくなり、デジタルに変わりました。ペーパーレスの時代ですし、何か新しいことをやらないと、本当に印刷工場が止まってしまうと思っています。私たちアインズは2027年に創業150年を迎えるのですが、この歴史を途絶えさせるわけにはいかないという使命感で、次の核となる新規事業を作るために試行錯誤しています。

次世代に繋げる初の挑戦 樹脂ゼロインキ-画像2

――そうした挑戦の一つが、今回の樹脂ゼロインキということですね。

林田さん:はい、印刷業で生き残るためには、強みとなる何かが必要だと考えていました。我々は琵琶湖がある滋賀県が地元なので、環境を意識した取り組みは以前から行ってきました。環境に配慮した特殊な印刷方式の開発などを成功させる中で、次はいよいよインキに挑戦しようと考えていた中で、営業先のお客様からも、環境負荷を軽減するインキを求める声がありました。そこで、長年技術畑を歩み、インキのことをよく知っている松岡さんに、「樹脂ゼロのインキに挑戦してみないか」と声を掛けました。

松岡さん:最初に林田さんから声を掛けられた時には、正直何を言ってるんだろうかと思いました。インキの機能性を高めるために、これまで数十年かけて改良されてきた歴史の中で、特効薬として樹脂があるわけです。その樹脂を取ってしまうということは、何十年前の機能性に戻っちゃうわけですよ。樹脂があったから成り得たものを、樹脂じゃないもので同じ結果を出すっていうプロセスを考えたら、30年後ならできるかもしれないけど…と途方に暮れました。ただ、同時に、やってみなきゃわからないじゃないかと言われました。そう言われるとその通りだし、「できない」という証拠や根拠を出さないと意味がないなと思いまして、まぁ一旦やってみようかと。でも、「できっこない」というのがスタートなんです。

林田さん:会社の仲間である松岡さんですらこういった反応でしたので、まず開発に協力してくれるインキメーカーさんを探すところから大変でした。大手含め10社ほどご相談させていただきましたが、反応は芳しくありませんでした。松岡さんがさきほどお話したとおり、インキから樹脂を無くすというのは、インキのことをよく知っている人であればあるほど難しい挑戦だということを理解されているんですよね。ほとんどの会社からは「検討します」という答えが返ってくるなかで、唯一女神インキさんだけが夢を買ってくれて、手を挙げてくださいました。そこから本格的に挑戦が始まりました。

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■2年間におよぶ一進一退の日々 Sony Acceleration Platformのサポート

――『eLinks®』の開発は、想像通り困難な挑戦でしたか?

松岡さん:それが、出だしは良かったんです。この赤色のインキが最初にトライした印刷なんですが、これを見たときには、「あれ、意外と刷れるじゃないか」と思いました。

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松岡さん:ただ、乾燥に大きな問題があって、インキが定着せずに他の箇所を汚してしまうんです。こういった乾燥性に関する問題を一つ解決すると、新たに粘性や安定性に関する別の問題が発生するといった、進んでは戻っての繰り返しを、このあと2年間続けることになりました。インキとしての品質を保ちながら樹脂をゼロにするための絶妙な成分の組み合わせを前例のない中で探し続けるという、本当に途方もない日々でした。

林田さん:組成がうまくいっていないインキで印刷すると、インキが霧になって飛び散ってしまうんです。松岡さんがインキで真っ黒に汚れた顔をして印刷所から出てくる姿を見るたびに、プロジェクトへのプレッシャーと松岡さんへの申し訳なさを感じていました。

松岡さん:機械にもたくさん飛び散ってしまうため、現場で働く印刷のオペレーターさんたちにも負担をかけていました。一緒にやろう!できる!と皆さんの気持ちを盛り上げていましたが、失敗が続いていくと、なぜとてつもなく大きな壁を作ってまで乗り越えたいのか、なぜ常識的にあり得ない開発に着手するのだろうかと、ネガティブ思考になってしまう時もありました。

次世代に繋げる初の挑戦 樹脂ゼロインキ-画像5

――暗闇の中を走り続けるというのは苦しいですよね。開発以外の部分でもご苦労はありましたか?

林田さん:経営層への開発継続の上申も苦労した部分です。我々は印刷会社なのにインキを作ることに挑戦するわけですから、実際、「そのインキを作って儲かるのか?」、「そのインキに将来性はあるのか?」という懸念や疑問をお持ちの人は多かったです。でも、その都度、5年後10年後に自分たちの印刷工場を残すために私たちは取り組んでいるんだという強い思いを持って説得していったことで、最終的には皆さん納得してくれました。

――そうした中でSony Acceleration Platformがお力になれたのはどんな部分でしょうか?

林田さん:実は以前、別のコンセプトでインキの開発に挑戦したことがあったのですが、商流の設計と契約の部分で大きな失敗をして、プロジェクトが上手くいかなかったことがありました。この失敗をしたときに専門的なノウハウの必要性を強く感じたため、今回はSony Acceleration Platformのサービスを利用することにしたんです。事業計画の策定やリスク要因の洗い出し、知財管理手法、海外販路のグローバルな視点でのお知恵などをいただき、大変助かりました。

松岡さん:私はこれまで技術的な世界で生きてきましたので、事業を作る流れやスキルというのが分かっていない状態でした。新規事業の立ち上げに必要なノウハウやツールを提供していただき、自分の力で事業を推進できるようサポートしていただけて、大変ありがたかったとともに、大きな学びになりました。

林田さん:そしてなによりも、Sony Acceleration Platformのアクセラレーターの皆さんに、樹脂ゼロインキへの挑戦を後押ししてもらえたことが、プロジェクトを進めるうえで大きな自信につながりました。

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■新しいことに挑戦する醍醐味 

――試行錯誤の末、ついに品質と樹脂ゼロを両立する最適な成分の配合にたどり着き、『eLinks®』が完成しました。喜びもひとしおだったのではないでしょうか?

松岡さん:ホッとしたという安心感が一番でした。ただ、開発を続ける中で、少しずつ成功して前に進むたびに、これまで感じたことのない熱い感覚がありました。今では、この感情こそが、新規事業や新商品開発の醍醐味なんじゃないかと考えています。また、開発過程を課題ととらえずに、自分のありたい姿になるためにトライする成長過程であると考え方を変えられたことが、一番大きな学びであったと思っています。

林田さん:印刷物というのは、ペーパーレスが進む中で、おそらく必要最低限のアウトプットツールでの使用でしか残らないと思っています。そうした中でお客様に印刷物を使っていただくために、業界全体として、環境に配慮した紙や印刷方式などを生み出してきました。そこに、今回、『eLinks®』という枯渇資源である化石原料由来の樹脂を一切使わないインキを加えられたことを嬉しく思うとともに、これからの印刷業界や次の世代にとって価値があることができたのではないかなと思っています。ですので、『eLinks®』という名前には、environmentの「e」とsustainableの「s」を、インキ(ink)で結び、環境保全の思いを次世代につないでいく(Link)という気持ちを込めているんです。

次世代に繋げる初の挑戦 樹脂ゼロインキ-画像7

――最後に、お二人のこれからの目標を教えてください。

林田さん:『eLinks®』の国内外での需要を作り、売上を拡大させることはもちろん大切なのですが、まずは子供たちに実際に触れてもらえるような機会を作りたいなと思っています。子供たちが手にとるようなツールや製品にこの『eLinks®』を使っていただき、「みんなのこれからの地球のためにこのインキを開発したんだよ」って言えるような、そういう仕事をしたいなと考えています。

松岡さん:私は研究開発を強化し、環境負荷を最小限に抑えた持続可能な生産体制を確立していきたいです。これまでは与えられた材料で仕事を受けるという製造業のスタンスだったのですが、今回の経験を通して、与えられた材料をそのまま使うのではなくて、どういう機能や目的があるのか根本から考えることの大切さや、新しいことに挑戦する尊さを学ぶことができました。それを社内や仲間にも広めていき、これからも夢を持って挑戦していきたいと思っています。

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※本記事の内容は2025年3月時点のものです。

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、810件以上の支援を26業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2025年2月末時点)

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