Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、東急不動産ホールディングス株式会社の社内ベンチャー制度を活用して、民泊プラットフォーム事業を展開するReINN株式会社(以下、ReINN)を立ち上げた赤津諒一さんにお話を伺いました。
自身の原体験から生まれたアイデアをどのように事業化したのか。そして、大企業の看板を背負いながら味わった、経営者としてのリアルな苦悩と学びに迫ります。



■自身の「2拠点生活」での気づきが原点。東急不動産のアセットで、民泊の課題を解決したい
―― まず、赤津さんのこれまでのキャリアと、ReINN創業の経緯を教えてください。
赤津さん: 2020年に新卒で東急不動産に入社しました。まず関西支店でタワーマンションの事業計画に携わったあと、首都圏の住宅部門で販売DXを推進する部署に異動しました。その頃、リモートワークが普及したこともあり、個人的に2拠点生活を検討し始めたのが、ReINNの事業アイデアを考えるようになった最初のきっかけです。実際に千葉県勝浦市で廃保育園などをDIYしながら2拠点生活を試みようと現地に行ったのですが、結局自分が使うのは週に1〜2回程度だと気づきました。そこで、使わない時に貸し出せないかと考え、民泊に出会いました。
しかし、民泊を事業化しようとすると、事業用の融資が限られる点や、信頼できる運営代行業者を見つけるのが難しいといった課題に直面しました。
――個人的な課題意識が、事業のアイデアになったのですね。なぜそれを「社内ベンチャー制度」で挑戦しようと考えたのですか?
赤津さん: ちょうどその頃、学生時代の友人が社内ベンチャー制度を使って起業したという話を聞き、興味が湧きました。そこで東急不動産にも似た制度はないかと調べたところ、グループ共創型社内ベンチャー制度「STEP(ステップ)」があることを知ったんです。
個人では解決が難しいこの民泊の課題も、東急不動産という大企業の信用力やアセットを活用すれば、業界全体を動かすような大きな解決策を提示できるのではないかと考えました。
そして2024年に事業アイデアを応募し、約1年間の検討・審査期間を経て、2025年4月のReINN設立に至りました。
■分断されたサービスを一気通貫に。適法・安全な運営で「日本の宿泊市場を再定義する」
――ReINNはどのようなサービスを提供しているのでしょうか?
赤津さん: ReINNは、ホームシェアリング(民泊や旅館業)のライフサイクルに沿ってあらゆるサービスを提供しています。
具体的には、民泊事業を始めたい(または売却したい)オーナー様に対する物件調達や購入の支援に始まり、事業計画の策定やローン付け、許認可の取得、事業開始後の運営や集客支援もサポートします。さらには、最終的な出口戦略である売却まで、民泊事業の全てのフェーズに伴走します。これまでは、物件は不動産屋、運営は代行業者、ローンは自分で頑張る…と、全てが分断されていましたが、ReINNはこれらを一気通貫でつなぐことで、オーナー様が安心して民泊事業に参入・運営できる環境を整備しています。

――ミッションに「日本の宿泊市場を再定義する」と掲げています。非常に大きなテーマですが、どのような思いが込められていますか?
赤津さん: 正直、現在の日本において「民泊」という言葉には、まだネガティブなイメージがつきまとっています。しかし、民泊が持つ可能性は非常に大きいと感じています。例えば、これまで使われていなかった実家や、企業が負の遺産として保有していた保養所が民泊施設として収益を生んだり、過疎化が進む地域でホテルを誘致するほどの資本はなくても、既存の空き家を転用することで新たな価値を生み出すきっかけになったりもします。こうした素晴らしい側面があるにもかかわらず、ネガティブな側面に引っ張られてしまっている現状を変えたいんです。私たちReINNが、東急不動産というバックグラウンドを持ちながら、適法で安全な運営と事業性を両立させるプラットフォームとなることで、業界全体のイメージを向上させ、民泊の持つポジティブな力を最大限に引き出したい。この思いを「宿泊市場の再定義」という言葉に込めています。

■Sony Acceleration Platformが大切にする第三者視点
――設立から半年が過ぎましたが、率直な手応えはいかがですか?
赤津さん: ジェットコースターのような毎日です。設立当初、「東急不動産が民泊事業に参入」という看板のおかげで、非常に大きな反響をいただき、問い合わせの件数は当初計画の3倍にもなりましたが、実際のコンバージョン率(成約率)はその数に比例しません。これは、お客様の東急不動産に対する高い期待値と、まだ設立間もないベンチャーであるReINNが提供できる価値との間に、大きなギャップがあるからだと分析しています。このギャップを埋め、ReINNとしての真の価値をいかに高めていくか。まさに今、その課題に日々向き合っているところです。
――事業計画も、当初の構想から変化があったのでしょうか?
赤津さん: はい、大きくピボットしました。当初は私自身の原体験から「地方と東京の二拠点生活」を軸に考えていましたが、地方の物件は収益性が低く、提携できる業者も少ないという現実があり、まずは市場の大きい東京を中心としたエリア、そして別荘地エリアに注力することにしました。また、当初はReINN自身が仲介や運営代行も行うモデルを想定していましたが、それだと結局、人をどんどん採用しなければならず、スケールメリットが出ません。そこで、私たちはあくまでプラットフォーマーに徹し、各分野の専門パートナーと提携する形に切り替えました。
――そのような事業のブラッシュアップにおいて、Sony Acceleration Platformはどのような形でお力になれましたか?
赤津さん: 社内ベンチャー制度の審査期間中から一貫して「客観的な視点」で伴走支援していただきました。
事業を推進していると、どうしても自分の思いが強くなり、目線が目の前の課題に集中して狭くなってしまいます。そこをSony Acceleration Platformの皆さんが「フラットな第三者の目線」から、「本当にそれはスケールするのか?」「本質的な課題はどこか?」と、常に問い続けてくれました。
正直に言うと、当初は反発していた部分もありました。例えば、「人(コンサルティング)が中心のサービスは、スケールさせるのが非常に大変だ」と何度もアドバイスをいただきました。私は、適切なオペレーションを組めば解決できると考えていましたが、いざ事業を始めてみるとその通りでした。人を増やし、組織化することの難しさを今まさに痛感しています。
また、事業計画の数字の部分でも、私たちが描いた計画に対して、Sony Acceleration Platformの皆さんが「なぜそう言えるのか」「この数字の根拠は何か」と深く掘り下げ、ロジックを補強してくれたおかげで、最終的に自信を持って審査に臨むことができました。その時の議論は、現在の経営においてもそのまま通用するロジックになっています。
国則: 我々は、チームをサポートしつつも、常に「審査員の目線」でいることを意識しています。新規事業が客観的に成功へと進めるかどうかを見極めつつ、事業計画が説得力のある形になるようご支援しています。ただ、我々がサポートしていた時期は、あくまで「仮説構築」の段階でした。現在はそこからリアルビジネスに転じられている段階です。リアルビジネスで学んだことを生かし、ビジネスの方向性を変えようとしている今の動きこそが、一番の肝であり大切なところだと考えています。赤津さんが日々課題に直面し、事業計画や方向性を調整している姿は、スタートアップとして正しいステップを踏み、やるべきことをやっている状況だと感じています。

■挑戦して知った「経営者の責任の重さ」
――大企業からの社内ベンチャーという形で経営者になられて、最もやりがいや楽しさを感じる瞬間はどんな時ですか?
赤津さん: もちろん、大企業では絶対にできない貴重な経験をさせてもらっていること自体が、最大のやりがいです。この年次(入社6年目)で、ホールディングスの役員や顧問の方々と直接事業の議論をさせていただいたり、自社の経営方針を決定したりすることは、通常ではあり得ません。
その上で日々実感するのは、仲間の存在の大きさです。私の「宿泊市場を再定義したい」という思いに共感し、プロパー社員としてジョインしてくれたメンバーがいます。彼らは私よりも民泊業界に詳しかったり、スタートアップの経験が豊富だったりする部分もあり、私自身が日々彼らから学ばせてもらっています。
彼らのような仲間が、私の目指す方向性についてきてくれている。その事実が、「自分の進む道は間違っていないんだ」という自信になりますし、何としてでもこの事業を成功させなければならないという強いモチベーションになっています。
国則:会社員と経営者、最も違いを感じる部分はどこでしょうか?
赤津さん: やはり、責任の重さです。大企業にいれば、1億円の契約でも、会社が定めたフォーマットと承認プロセスに則っていれば、どこかで「会社が責任を取ってくれる」という安心感がありました。
しかし今は、例えば150万円の業務委託契約一つとっても、その内容が正しく提供されなかったら、それは直接ReINNの信頼失墜につながり、ひいては事業の存続に関わります。契約書の隅々まで目を通し、提供される成果物の品質も全て確認する。その150万円が、会社を支える売上であり、社員の給与になる。その「1円の重み」は、会社員時代とは全く比較になりません。売上目標がビハインドすれば、私自身がお客様にテレアポを100件します。その全てが経営なのだと、実感しています。
■海外資本から「日本の宿泊市場」を取り戻す
―― ReINNの今後の展望を教えてください。
赤津さん: 短期的には、現在の「人力でのコンサルティング」の比重を減らし、Web上で多くのことが完結する「プラットフォーマー」としての機能を強化していきます。お客様がWebで情報を入力すれば、AIが最適な運営代行業者や物件をマッチングするような仕組みを構築しているところです。
そして中長期的には、この事業を通じて、日本の宿泊市場の構造そのものを変えていきたいと考えています。
いま日本の宿泊市場は、海外資本に席巻されている部分が大きいです。ニセコなどの事例を見てもわかる通り、海外資本が先に投資を進め、国内企業は後手に回りがちです。この背景には、日本の金融機関が担保価値にのみ基づいて融資を行う傾向があり、地方の物件など担保価値の低いものにはお金を出しにくい状況があるのです。そこで私たちがデータと流動性(取引実績)を蓄積し、宿泊事業の収益性を見える化していくことで、金融機関が安心して融資できる土壌を作る。これにより、日本の業者も参入しやすくなり、自分たちで宿泊市場を成長させていけるライフサイクルが生まれると信じています。
――最後に、赤津さんのように社内ベンチャーで新規事業に挑戦したいと考えている方へメッセージをお願いします。
赤津さん: もし「やりたい」という気持ちが少しでもあるなら、絶対に挑戦すべきだと思います。仮に失敗しても失うものは何もないからです。もちろん、最初は大変です。自分の立てた仮説が否定されるたびに、自信が無くなっていくかもしれません。でも、大事なのは、そこからPDCAを回し続け、仲間とともに信じた道を突き進むことだと思っています。私自身もまだ道半ばですが、この挑戦ができたことを心から良かったと感じています。
国則: 新規事業は成功率が非常に低く、千三つ(1000のアイデアのうち、実現するのは3つ)という言葉があるほどです。しかし、そうした中で成功事例が一つ生まれると、社内ベンチャー制度だけでなく会社全体の士気が劇的に高まります。赤津さんとReINNには、ぜひその突破口となっていただき、社内に新たなムーブメントを巻き起こしてくれることを期待しています。
