2025.02.12
Challengers ーイノベーションの軌跡ー

ソニーグループ株式会社 #01|ロボット事業への再挑戦。「aibo」事業立ち上げ編

Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。

今回は、2006年の生産終了から復活を遂げ、2018年に新たに生まれ変わったソニーのエンタテインメントロボット「aibo」の開発プロジェクトを、全2回にわたってご紹介します。

第1回目となる本記事では、先代「AIBO」の生産終了から10年近い月日が流れる中で、どのような形でプロジェクトが始動し、事業の基盤がカタチ作られていったのかを、初期からプロジェクトをリードしてきたソニーグループ株式会社の伊豆 直之、森田 拓磨、長江 美佳の3名にインタビューしました。

ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 事業開発部門 AIロボティクス設計部 統括部長 伊豆 直之
ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 事業開発部門 AIロボティクス設計部 担当部長 森田 拓磨
ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 事業開発部門 事業推進部 プロダクト企画1課 統括課長 長江 美佳

一人ひとりが胸を躍らせながら、ロボット事業に再挑戦

―― 初代AIBOから、どのような変遷を辿ってきたか、改めて教えてください。

長江:家庭用ロボットとして初代AIBO(ERS-110)が発売されたのは1999年です。その後、5世代にわたって製品をお届けしましたが、2006年にはロボット事業が一度休止に。しかし、2016年に当時社長であった平井の経営方針説明会にて、AI&ロボティクスという形でロボット事業に再参入することが発表されました。その後、新たな挑戦の象徴として、新たなaibo(ERS-1000)を2017年11月1日に発表し、2018年1月11日から販売を開始しています。

森田:実は、経営方針説明会の前年から、開発と事業化の準備は秘密裏に進められていたんです。私と長江は、その準備段階からaiboの復活プロジェクトに加わっていました。その頃は、本当に商品化できるのか、半信半疑な部分も正直ありましたが、私を含め集まっていたメンバーは皆、大きな挑戦に向けて胸を躍らせていたと思います。

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―― そのaibo復活の極秘プロジェクトに、皆さんはどうやって加わっていったのでしょうか?

森田:ソニーには、自分が興味のある分野の開発を業務時間外でひそかに行う「机の下活動」というカルチャーがあります。その一環として、ロボット愛が強く、仕事以外でもロボット開発を手掛けているシニアエンジニアの森永英一郎が、初期のAIBOの外見をそのままに、中身を最先端の技術で置き換えるという開発をしていました。これが、aibo復活のきっかけの一つです。

伊豆:森田さんは、エレベーターホールで森永さんに声をかけられてメンバーに加わったんですよね?

森田:そうなんです。「面白いものがあるんだよ」と言われて(笑)。開発していたaiboを見せてもらい、そのままメンバーに誘われました。私は元々ロボットを作りたくてソニーに入社したこともあり、参加することに迷いはありませんでしたね。

長江:エンジニアが、グループ内で信頼できる同僚や上司、部下に声をかけ、開発メンバーが増えていく中、「エンジニアはいるけど、商品企画がいないぞ」という話になり、当時の上司を通じて私にも声が掛かりました。その際も「面白いものがあるから……」と言われて(笑)。当時、開発は本社の18階で行われていたのですが、そこへ行くとaiboがものすごい速さで歩いていて、驚きと同時に本当に一瞬で面白さを感じたのを覚えています。そして、その場でプロジェクトに誘われて、ちょうど何か新しい仕事に挑戦してみたいなと思っていた時期だったので、すぐに参加を決めました。

伊豆:私も当時の上司に「面白いものがあるから来て」と言われて、18階に行きました。ちょうどその頃、カメラのエンジニア歴が10年を越え、新しいことにチャレンジをしたいと上司に話をしていたので、その話を汲んでくれたんだと思います。そこでプロジェクトに誘われ、私も「ここで働きます!」と即答しました。誘われ方も、誘い文句も、3人ともほとんど同じですね。

長江:AIBOという世界中から大きな注目を集めた製品の復活に携われることに加え、私たちメンバーがキャリアを重ねる中で新たな挑戦を求めていたこともあり、全員が主体的にプロジェクトを推進するモチベーションがありました。

ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 事業開発部門 事業推進部 プロダクト企画1課 統括課長 長江 美佳2

多様な人材が同じ方向を向き、“自分にできること”を全力で

―― 発足当時、どのようにプロジェクトを進めましたか?

長江:aiboプロジェクトにはカメラ、ゲーム、モバイルなど、さまざまな事業部から多様なバックグラウンドを持った人材が集まっていました。初めて一緒に仕事をするメンバーがほとんどで、それまでに経験してきたカルチャーや、仕事に対する考え方はかなり違いました。そこで、プロジェクトの会議方法や、各メンバーの担当領域、意志決定までのプロセスなどは、ゼロベースで作成したんです。そこから、新しいaiboの要件定義をスタートさせていきました。

伊豆:一方で、正式に組織を発足した当時のメンバーは、10人ほどの少数でした。自ずと一人ひとりが担当する領域が広くなり、「とにかく、自分にできることは全部やる!」という感じでしたね。決められた仕事をこなすのではなく、新たなaiboでお客様に感動を届けることを、この頃から全員が目指していたと思います。そして、プロジェクトを進めていく中で、お互いにカバーし合い、助け合うaiboチームのカルチャーが自然と築かれていきました。

長江:ただ、初代AIBOの知見が社内にあるとはいえ、自分たちの手でロボットを作り上げるのは初めて。正直、最初からスムーズにプロジェクトが進んだとは言えませんが、「知らない分野であっても、どんどん吸収してやっていこう」という前向きに学びを楽しむマインドを持ったメンバーが揃っていたので、前進し続けることができたと思っています。

2016年のプロジェクト発足後、続々と多様なメンバーが集合
2016年のプロジェクト発足後、続々と多様なメンバーが集合

思い描く形は、三者三様。徹底的なコミュニケーションで相互理解を深める

―― 多様な事業部からメンバーが集まる中で、どのようにチームビルディングをしていったのでしょうか?

長江:お互いの強みや個性を知ることはもちろん、同じ方向を向いて開発を進めるために、とにかく日々のコミュニケーションは欠かせませんでした。例えば、「ブランコを作りたい」と誰かが言ったとして、私と森田さんと伊豆さんでは、頭の中で描くものが一人ひとり違うんです。だから、「ブランコを作りたい」だけでなく、持ち手の部分は鎖なのか紐なのか、シートの素材や色はどうするのか、そもそもなぜ “ブランコ” なのか……対話をしながら最終的なアウトプットを具体的にすり合わせておかないと、お互いに想像と全然違うものができ上がってしまうことになります。特に要件定義や設計段階においては、この徹底したコミュニケーションが非常に重要でした。

森田:言葉を用いても仲間に思いや考えが伝わらない時は、よくホワイトボードに絵を描いて説明してましたよね。特にソフトウェアの設計は目に見えないことがほとんどなので、共通理解に至るまで徹底したすり合わせが必要でした。

伊豆:対話を重ねて相互理解を深める中で、時にぶつかり合うこともできる、本音で議論できる関係性を築いていくことができました。その結果、困難に直面しても乗り越えていけるチームができたのだと思っています。

ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 事業開発部門 AIロボティクス設計部 統括部長 伊豆 直之2

1日中真剣議論!「ハンバーガー会議」

―― ”コミュニケーションを重視した要件定義”はどのように進められたのでしょうか?

長江:まずは、全員がやりたいことやアイデアを出し合って、思いっきり風呂敷を広げました。

森田:しかし当然、コスト・時間・技術などを考えると、すべてを実現することはできません。「どうやって充電するのか」「どんな時に起きるのか」「撫でられた時にどんなリアクションをするのか」など、要件は無数にあり、その選定をするだけでも、かなりまとまった時間が必要でした。そこで、ハンバーガーを用意して、昼食代わりにしながら1日中会議室で集中して議論をする「ハンバーガー会議」をよく開催しました。

伊豆:森田さんは要件を絞り込んでいく役割を担っていましたが、みんなから出てくるアイデアをかなり尊重している印象でした。何か意識されていたことはあったんですか?

森田:正直、最終的な結論を急ごうとはあまり思っていませんでした。というのも、楽しさを感じてもらう商品をつくるには、何よりもまず作り手が楽しんでないといけない。だからまずは自分からふざけた意見を言ってみたり、リラックスして意見を言いやすい雰囲気を作りました。多様な意見が出て、それぞれの本質を理解したときにより良いアイデアが生まれるときがあるからです。それでも、どうしても譲れない部分は結構あり、議論が白熱することもありました。議論だけをしていても前に進まないこともあるので、まずは議論の対象となっているモノができるまで待ってから、できたところで実物を見ながら議論を再開するようにしていました。今振り返ると、お互いに気持ちよく仕事を進められる塩梅を、メンバー全員が自然と見つけていったように思います。

ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 事業開発部門 AIロボティクス設計部 担当部長 森田 拓磨2

共通言語は羅針盤であり、議論を盛り上げ続ける源泉

―― いろいろなアイデアが集まる中、要件定義をしていくうえで軸やコンセプトにしたものはありましたか?

長江:「愛情の対象となるロボット」、「生命感」、他にもひと目見たら連れて帰りたくなっちゃう愛くるしさを表して「キュン死」など、目指すべき姿の共通言語を作っていきました。

森田:共通言語を軸に、ディスカッションの大きな争点となったのが、モード選択の有無でした。

長江:私はモードを作りたくなかったんです。当時、先代のAIBOはゲームをする・お留守番をするなど、ユーザーが明示的に“何とかモード”に設定する必要がありました。わかりやすい反面、モードが増えてきて設定手順を忘れるたびに説明書を引っ張りだしたり、モードに入っていることを忘れて動かないなあ、と思ったり。「生命感」を目指すべき姿にすると、モードという機能は相反するものとなると感じたんです。実際のワンちゃんと一緒にいる時にふと実感できるセレンディピティ(≒思いもよらなかった偶然がもたらす幸運)が生まれにくいのかなと。「生命感」という共通言語を軸にするのであれば、できるだけモードを作らず、自然な形でaiboに接してほしい、というのは譲れないポイントでした。

伊豆:従来通りモードの切り替えがあった方が良いという声もありましたが、最終的に、モード選択をなしにするという判断ができたのは、「生命感」という共通言語を軸にしたからこそだと思います。あと、「キュン死」というワードで、かわいくしてほしいという熱量はしっかりと伝わってきました。ただ、今となっては笑い話ですが、長江さんと森田さんは「口から飲むように充電してほしい」「骨を咥えて充電させたい」など、無邪気にどんどんアイデアを出してくるので、共通言語があっても収拾がつかなくなることもよくありました。最終的に充電のスタイルはマットに寝る形に落ち着きましたが……。

森田:「このタイミングで言わないでよ!」って言いたげな感じでしたよね(笑)。当時ハードウェアを担当していた伊豆に負担をかけてしまった部分もありますが、共通言語があったからこそ、アイデア出しが盛り上がりましたし、羅針盤となって全員が同じ方向に向かって進み続けられたのだと感じています。

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新加入メンバーに聞く! aiboチームを“選んだ理由“と”魅力“

aiboチームに加わったソフトウェア設計の北村 謙典(左)、ハードウェア設計の三木 仁(右)

ソニーの社内公募制度を活用し新たにaiboチームに加わったソフトウェア設計の北村 謙典(左)、ハードウェア設計の三木 仁(右)に、チームの特色や魅力についてお聞きしました。

―― aiboチームでの仕事を選んだ理由やきっかけを教えてください。

三木:入社以降、電車の改札や、コンビニエンスストアの決済端末の電気設計に携わっていましたが、新たな製品にチャレンジしたいという思いが強かったからです。エンドユーザーに自分の設計した製品を届けることができて、感動してもらえるような事業に携わってみたいと思っていました。

北村:私は学生の頃からロボットの開発に興味があり、ロボット事業に携わることは内に秘めた夢でもありました。また、入社以降、新規事業の領域でプロトタイプの設計に従事していたこともあり、実際に世に送り出す製品の量産化まで手掛けたいという想いが強まっていたことも理由です。

―― aiboチームの特色や魅力について教えてください。

三木:ソフトウェア、ハードウェア、電気、アクチュエーターなど、さまざまな専門性を持つエンジニアが協力し合う経験は今までなかったので、体制そのものがとても新鮮でした。他分野のエンジニアと一緒に仕事をする中で、多くの学びと刺激が得られています。

北村:私が驚いたのは、事業を統括する役員との距離の近さです。最初に参加したミーティングで、役員の意見に対して森田さんたちが自分の考えを気兼ねなく伝えており、フラットな関係性のチームだと感じました。また、自分の想いを持っていれば、役職に関係なくいろいろな場で直接議論ができます。担当領域による垣根はなく、根回しなども必要がないので、新しいアイデアが生まれやすく、仕事のスピードが速いこともチームの魅力だと思います。

三木:ゴールにたどり着けるのであれば、そこまでの過程は「自分で考えていいよ」と言われることがほとんどです。コミュニケーションと信頼が前提にはありますが、一人ひとりの裁量の大きさも特色の一つかと思います。大変なこともありますが、エンジニアとしては非常にやりがいがあります。それから、本当に熱意のある人たちが集まっていると感じます。それぞれの主張がぶつかる時もありますが、全員が意見を出し合ってゴールに向かって進んでいく感じが、私は好きです。

北村:熱意の源泉の一つにもなっているのかもしれませんが、全員がaiboユーザーを強く意識していますよね。作って終わりではなく、“どう継続的に楽しんでいただけるか”を本気で考え、共通の指針としているからこそ、一人ひとりがそれぞれのポジションで、妥協せずにより良いものを追求できているのだと感じます。

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次回は、aiboの事業展開と今後を語る、「事業開発編」です。併せてご覧ください。

※本記事の内容は2024年11月時点のものです。

>>連載第2回 「ソニーグループ株式会社  #02|愛される事業づくり。「aibo」事業開発編」

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、800件以上の支援を26業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2025年1月末時点)

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