Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、株式会社ダイセルのセイフティSBU(Strategic Business Unit)における取り組みを技術者の視点からご紹介します。同社は、約40年にわたり自動車安全部品で培ってきた火工品技術を核に、オープンイノベーションを推進してきました。そこから生まれた、ウェアラブルエアバッグ「あすほ」の誕生の軌跡を追います。
事業の全体感や企画者視点でのエピソードについては、1記事目をご覧ください。
株式会社ダイセル #01|高齢者の「歩く」を支える新常識を目指して。「あすほ」誕生の軌跡。

※本記事内では、ダイセル所属のメンバーを「(D)」、ソニー所属のメンバーを「(S)」と表記しています。

それぞれの専門性を持ち寄った技術チームの結成
――本プロジェクトにおける、技術サイドの皆さんの役割を教えてください。
中安さん(D): 私はダイセルの新デバイス開発チームでリーダーを務めています。元々は、私たちが長年培ってきた自動車の安全部品である「インフレータ(エアバッグを瞬時に膨らませるためのガス発生装置)」の開発・チーム運営を担ってきました。
横田さん(D): 私はダイセルに入社してすぐこのプロジェクトに携わりましたが、役割としてはエアバック部の設計と日常の雑務から現場対応、調整まで、あすほあすほに関わることなら何でもマルチに対応しています。
竹内さん(D): 私はダイセルに入って1年ちょっとになりますが、前職ではデータの解析を専門としていました。今回はそのデータ解析の知見を活かして、あすほの「転倒検知アルゴリズム(転倒したかどうかをシステムが自動で判断するための計算手順や規則)」の開発を担当しています。
山田さん(D): 私は昨年の5月に入社しました。前職では医療機器の回路設計(電子部品を組み合わせた電気の通り道を作る設計)をしており、今回は人々の暮らしや健康に役立つあすほのプロジェクトで、品質担保や電気周りを担当しています。
今井(S): 私はソニー側で電気回路や品質まわりを担当していました。実は2025年に一度ソニーを卒業(退職)しているのですが、その後「ソリューションパートナー」という形で私の専門領域を活用し Sony Acceleration Platform と共にお客様を支援する仕事をさせていただいています。
岩瀬(S): 私はその今井さんの後にチームに加わりました。今井さんが回路の次のステップを見据えてソリューションパートナーとしてご担当いただく中で、私は主にファームウェア(電子機器を制御するために内部に組み込まれた専用のソフトウェア)領域を担当するエンジニアとして支援しています。
青野(S): 私は去年からこのプロジェクトに参画しました。主に回路を「身に着けられる形」へと落とし込むためのメカ・筐体設計(機器の外箱や構造の設計)や、プロダクトデザイン(製品の外観デザイン)を担当しています。
大口(S): 私は去年の9月頃から参画しています。あすほ本体に付随するWEBシステムのバックエンド(サーバー側でバックグラウンドで動作するシステム)およびフロントエンド(ユーザーが目にする画面のシステム)の開発、病院にインストールするためのサーバー構築を担当しています。
1年間の成果を捨てる決断:画像からセンサーへの大転換
――開発の初期段階で、「カメラ(画像)からセンサーへの大きな方針転換」という難題に直面したそうですね。その時、現場では何が起きていたのでしょうか。
横田さん(D): 私たちが合流したとき、プロジェクトはすでに「画像による転倒検知」のアプローチで1年近く開発が進んでいました。しかし、最初の試作を見せてもらったとき、正直に申し上げて「本当にこれで実用に耐えうるのか」という強い不安がありました。当時はまだ手探りのスタート段階だったのですが、いざ動かすと、椅子を人と誤認したり、肝心なときに動作しなかったりする。何より、画像解析のAIがブラックボックスで、中身がどう処理されているかが分からない。どこをどう修正すれば良くなるのかが、我々電気やソフトの人間には全く見えなかったんです。何をやっても手応えが得られない、あの時期が一番もどかしかったですね。
今井(S): 外部のパートナー企業からは高い数値を提示されていたのですが、実用レベルのデモを動かすと、操作性も含めてなかなか成立しない。同じエンジニアの直感として「これは、アプローチとして非常に難しいのではないか」という感覚はありました。このままではかなりの時間がかかるだろうなと。ただ、我々から「やめましょう」と頭ごなしに言うわけにはいかない。だから、一度アプローチをすべてリスト化して、何ができて何が届いていないのか、表にして見える化(トリアージ:優先順位や課題の選別)する作業を行いました。いわば、納得感を持って次のステップへ進むための、客観的な判断材料を揃えたんです。
中安さん(D): 事業側からは「大丈夫、まだ時間はあるから!」と励まされて、その熱意に感化されて「よし、もう一度がんばるか!」と思いもしたのですが、技術的には限界が見えていた。でも、今井さんたちが「これは難しいんじゃないか」という比較検証のデータをしっかり出してくれた。あの客観的な材料があったからこそ、社内を説得し、大きな方向転換へと舵を切ることができました。あれは本当に大きなブレイクスルーでしたね。
体を張ったコケまくり実験と、宿直室での孤独なデータ解析
――その方向転換の後、転倒検知アルゴリズムを構築するためのデータ集めは、どのように進められたのですか?
横田さん(D): アプローチを「加速度センサー(物体の速度の変化を測る精密なセンサー)」に変えたものの、今度はアルゴリズムを構築するための生データが圧倒的に不足していました。だから、データを取るために、ここにいる技術メンバーが全員で、実際に床にコケまくりました。肩は痛いわ、首は痛いわ…(笑)。自分たちは一体、最先端のデバイス開発をしているのか、ただの肉体労働をしているのか、途中でよく分からなくなるほどでしたね。
竹内さん(D): 私がダイセルに入社してあすほのプロジェクトに関わり始めた頃、ちょうど播磨工場での宿直業務の当番があったんです。入社まもない時期に、夜中に工場に泊まり込まなければいけない。その誰もいない宿直室にPCを持ち込んで、昼間皆が身体を張って集めてくれた転倒データを、ひたすら解析し続けていました。「この波形は何か」「どうすれば誤検知を防げるか」と、宿直室で缶詰めになってアルゴリズムをひたすら組み立てていた時間は、今振り返ると本当に濃密で、面白い経験でしたね。
既製品を魔改造!? 100台のPoC用プロト作成に隠された開発現場のドタバタ劇
――ハードウェアの試作開発では、「既製品のIoT端末」を巡って、様々な試行錯誤があったとお聞きしました。
岩瀬(S): 少しでも早く実証実験にこぎつけたいという思いから、私から「既製品のIoT端末をベースにして開発スピードを上げましょう」と提案したんです。既製品ならバッテリーも加速度センサーも最初からワンパッケージで入っているから、これを使ってアルゴリズムを試せば一番早いと。そうしたら、メカ・デザイン担当の青野が、身に付けるためのもの凄くスリムでカッコいい筐体デザインを先に作ってくれた。その結果、端末をそのまま入れるスペースがなくなってしまい(笑)、既製品をわざわざ分解して中身の基盤(電子部品が載った板)だけを取り出すという“魔改造”(製品本来の意図を超えた過激な改造)をすることになりました。
しかも、分解する過程で液晶画面を取り除いたら、システムがそれを認識できなくなって起動エラーを起こしたり、起動する瞬間に予期せぬ信号が走って点火装置が誤作動しそうになったり、さらには特定のSDカードでシステムが停止したりと、ファームウェア領域で予期せぬエラーが次々と発生しました。「良かれと思って提案したのに、大変なことになった…」と、夜な夜な冷や汗を流しながら原因を一つひとつ潰していきました。
今井(S): あの報告を岩瀬さんから聞いたときは、解決に向けて本当に身が引き締まる思いでしたよ。何しろ原因を確かめるために、毎回10時間待たなければならなかったので(笑)。「あ、やっぱりダメだったか」と分かるまでの時間と衝撃が大きく、ファームウェアの調整は本当に根気がいりましたね。
岩瀬(S): もう一つ苦労したのが、実証実験に向けてバッテリーの容量を大きくした時のことです。バッテリーを大きくした途端、今度はフューエルゲージ(電池の残量計)が一時的にエラーを起こして、おかしな数値を出すようになってしまいました。
山田さん(D): 回路の設計側としても、あの時はどうなることかと思いましたが、岩瀬さんたちが粘り強く対応してくれたおかげで、最終的には通信も含めて正常に動くようになりました。結果として非常にスペック(製品の性能)の高い、素晴らしいシステムに仕上がったと思っています。
青野(S): さらに製造数が「実証実験のために100台規模で作る」という量産一歩手前の話に膨れ上がったのも想定外でした。少数なら3Dプリンターで自由な形に作れますが、100台となると金型を起こして成形しなければならない。金型構造由来の形状の制限や樹脂の歪みや寸法の一足早く限界と戦いながら、なんとか100台の試作を完成させることができました。
洗濯機でのガシガシ洗浄からハーフマラソンまで、一切の妥協なき耐久実証
――製品の品質や耐久性を検証するため、かなり過酷な試験も行ったそうですね。
横田さん(D): 日常で高齢者の方に使ってもらう以上、想定外の事態に耐えられなければならない。ある日、「もし間違えて全自動洗濯機に放り込んで、そのまま回しちゃったらどうなるんだ?」という疑問湧きました。さすがにそれはまずいだろうと思いつつも、夕方、誰もいなくなった播磨工場の片隅にある古い洗濯機にあすほを放り込んで、30分間本気で回してみました。
山田さん(D): 丸一日干されたあすほを「ちょっとこれ、電気的に壊れていないか見てください」と渡されたときは、さすがに驚きましたよ(笑)。でも、おそるおそるテスターを当ててシステムを起動してみたら、センサーも通信も、何事もなかったかのように正常に動いたんです。
横田さん(D): 1.5メートルの高さから、床に向けて何度も何度も叩きつける落下試験も行いました。「何か危ない誤作動は起きないか、強度は十分か」と、ひたすらデバイスを床に落とし続ける、熱意に満ちた光景でしたね。結果、非常に頑丈で全く壊れませんでしたが。
竹内さん(D): メンバーの一人が「あすほを腰に装着した状態で、ハーフマラソンを走る」という、実環境での耐久・振動テストまで敢行しました。データを確認すると、それほどの激しい振動や、汗などの過酷な環境でも、アルゴリズムが誤作動を起こさず正常に動作し続けるタフネスが証明され、非常に大きな自信に繋がりました。
医療機器ではないからこそ、現場で求められる「極限の信頼性」
――「あすほは医療機器ではないものの、介護や医療の現場で使われる」という点において、品質や設計の難しさ、あるいは重要性はどこにあるとお考えですか?
山田さん(D): 前職で医療機器の開発をしていた立場から言うと、医療機器であれば非常に厳しい法律や公的な規格(薬事承認など)が最初から決まっています。しかしあすほは、一般のユーザーが購入できる「医療機器ではないデバイス」です。だからといって、介護や医療の現場で使われる以上、絶対に「いざという時に動かなかった」ということは許されない。公的な縛りがないからこそ、絶対に信頼できる極限のクオリティを定義して、担保しなければならない。そこが医療機器とはまた違う、非常に難しい部分であり、かつ私たちの腕の見せ所でもあると感じていました。だからこそ、これほどまでに過酷な検証を妥協なくやりきりました。
大口(S): 本当にそうですね。医療機器ではないけれど、一般のユーザーが病院や介護施設、日々の生活で使うものだから、システムが不安定で「いつの間にかデータが途切れていました」なんてことはあってはならない。今回はプロトタイプの段階から、病院にそのまま導入して実用に耐えうるだけの十分な安定性を目指してシステムを構築しました。山田さんたちがハードウェアの信頼性を極限まで高めてくれたからこそ、私たちソフトウェアチームも、短い反復開発(イタレーション)の中で、現場のフィードバックにすぐ応える高品質なWEBシステムを並行して作り上げることができました。この品質の高さこそが、あすほの最大の強みであり、素晴らしい価値だと思います。
30分の居残りで再現実験。現場のスタッフまで巻き込む熱量
――このプロジェクトを推進する中で、ダイセル社内での巻き込みや変化はありましたか?
中安さん(D): 今回のプロジェクトを通じて、何より嬉しかったのはダイセル社内の現場の巻き込みです。実証実験の前段階で、工場の現場の方々に「これをつけて1ヶ月、普段通りに働いてみてほしい」とお願いしたところ、誰一人嫌な顔をせず、むしろ面白がって毎日つけてくれた。それだけでなく、「こういう作業のときに、誤検知したよ」とか、仕事終わりにわざわざ我々の席にきて30分も熱心にフィードバックをくれるなど、再現実験にまで付き合ってくれました。
横田さん(D): 現場の人たちが、センサーがおかしくなったときに、自分がその時どんな作業をしていたかを全部思い出してくれたんですよね。開発チームが困っているのを見て、わざわざ作業の動きを再現してくれた。最初は小さな開発チームでしたが、今や播磨工場全体が「自分たちの手でこの製品を世に出すんだ」という熱量に包まれています。
全世代の「当たり前のお守り」を目指して:技術者が描く未来の服
――技術サイドの皆さんから見た、今後の展望を教えてください。
竹内さん(D): まずは来年の量産化を確実に成功させることですが、ゆくゆくは日本国内だけでなく、海外も含めた世界中の人々に身に付けてもらえるような製品に育てていきたい、というのが私の願いです。
中安さん(D): 我々はこれまで自動車の安全部品という、言わばBtoBの硬いモノづくりをしてきましたが、今後はあすほを通じて「電気製品を売る会社」「服を売る会社」という、全く新しい領域へ進出することになります。ウェアラブルである以上、ただ身に付けるだけでなく、着たくなるようなデザインや、服としての機能性もさらに追求していきたいです。
横田さん(D): よくメンバーとも話すんです。「自分たちの親や、あるいは将来の自分が、このデバイスを本当に身に付けたいと思うか」と。単にコケたときに守る(エアバッグを膨らませる)だけでなく、身に付けていることで日々の健康状態や歩行の傾向が可視化され、医療や介護の現場で本当に役に立つ、そんな価値を届けたい。今回は高齢者向けですが、将来的には、学校に通う子どもたちの通学路での事故を防ぐジャケットなど、全世代が「当たり前のお守り」として身に付けるような、そんな命を守る服の未来を形にしていきたいですね。
中安さん(D): 今回、製品がここまで形になったのは、本当にソニーさんのおかげです。我々技術チーム一同、心の底から感謝しています。ソニーさんの伴走がなければ、このあすほは絶対に生まれていませんでした。この素晴らしいご縁を、これからも大切にしていきたいです。 また、ここまでの開発を理解して、温かく見守ってくれた経営陣に感謝しております。
岩瀬(S): ありがとうございます。実証実験を終えて、無事に製品の「出荷(完成品の送り出し)」を迎えたときは、チーム皆で盛大にお祝いをしたいですね。
横田さん(D): いいですね! 出荷祝いパーティーは、どこか泊まりがけの温泉でやりましょう(笑)。
全員:ぜひ行きましょう!(歓声)