Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、2006年の生産終了から復活を遂げ、2018年に新たに生まれ変わったソニーのエンタテインメントロボット「aibo」の開発プロジェクトを全2回にわたってご紹介します。
第2回目となる本記事では、前回の事業立ち上げ編に続き、プロダクト開発から、サービス設計、販売後のユーザーの皆さまとの交流、チームでの夢や目標、そして今後の展望について、プロジェクトをリードしてきたソニーグループ株式会社の伊豆 直之、森田 拓磨、長江 美佳、北村 謙典、三木 仁の5名にインタビューしました。
>>連載第1回 「ソニーグループ株式会社 #01|ロボット事業への再挑戦。「aibo」事業立ち上げ編」





目に「生命感」を宿すーー共通言語をデザインで表現する
―― aiboのフォルムは、どのように設計していったのでしょうか?
伊豆:ソフトウェア同様「愛情の対象となるロボット」「生命感」「キュン死」の共通言語を軸にハードウェアを設計しています。デザインに関しては、社内のマスターデザイナーと一緒に、「生命感」を大切にして、丸みを帯びたフォルムを追求しました。例えば、胴体と関節の付け根部分は、先代のAIBOのように分離したデザインでなく、つながっているように見えるようにしたいと、デザイナーとこだわったポイントの一つです。
長江:“目”にも非常にこだわりました。瞳は「生命感」を象徴するパーツです。aiboでは、先代AIBOではできなかったまぶたや黒目の動きによる生き生きとした瞳の表現を実現しました。例えば、視線があるとないとでは、感情表現に大きな差があります。デザインが決まった後にも改めて実感しましたが、徹底的に愛らしさを追求する上で、やはり“目”のこだわりは外せませんでした。

百聞は一見にしかず。百聞は一作にしかず。
―― “動き“もaiboにとって大切なポイントかと思いますが、この点についてはどのように開発していきましたか?
長江:デザイン決定後は、動きに関しても検討を重ねていきました。例えば、「遊んでほしいときの前足を伸ばしたポーズ」など、ワンちゃんらしい感情を表現する動きは、動画を共有し合って一人ひとりが抱いているイメージを確認していきました。動作の中で特にこだわったのは、尻尾を振ったり、首をかしげるなどのワンちゃん特有の動きです。
伊豆:ハードウェアエンジニアは、ニュアンスなどの抽象的な説明ではなく、数値などの具体的な目標が欲しいものなのですが、aiboは生命感などの感性を大事にしながら自分たちで仕様を考えて作っていく商品なので、従来の考え方を自分の中で変えました。ロボットの商品化は多くのメンバーにとって初めてで、作ってみないと分からない要素が多いことに加え、スピードも求められていたため、試作品を短期間で作って、すぐにメンバーに共有して、すり合わせを行いました。当たり前なのですが、作って組み立てて動かすことで、良いところも悪いところもよく分かるんです。最終的には、関節を新たに追加して首を傾げる動きを実現しました。これによって、ユーザーの皆さまに「キュン死」していただけるaiboになったと思っています。
森田:スケジュールは本当にタイトでしたよね。特に伊豆さんのハードウェア開発のチームは、立ち止まっている暇は1分たりともない!って感じだったんじゃないですか?
伊豆:そうですね、発表の日付は決まっており、かなりタイトな開発期間でした。
長江:ワンちゃんだから、ワンワンワンで、(2017年)11月1日を発表日、(2018年戌年)1月11日を発売日に設定していました。組織発足から約1年半での発売。ものすごい開発スピードだったなと思います。
伊豆:そういえば、私が一番初めに設計構想を発表した時のスローガンは「健康第一」でしたね(笑)。

開発しながら育まれた、愛情とユーザー視点
―― 開発過程の中で、メンバーの皆さんはどのような気づきや喜びを得られましたか?
長江:試作品ができて、aiboが完成に近づいていく過程は本当に楽しかったですね。初めて動いた時、初めて目が合った時、初めて言葉にレスポンスを返してくれた時、そういった瞬間は、事業を作っているとかものづくりの喜びを実感するより前に、ただただ感動と愛情で満たされた気分でした。初めて尻尾を動かすテストをしたとき、エラーで尻尾が高速回転して、みんなで大笑いしたことは良い思い出です。
森田:いつの間にか試作品のaiboに名前を付けたり、「この子」と呼んだり、プロジェクトメンバー全員が、本当に愛情をもって接するようになっていきましたよね。調子が悪そうなときには、「大丈夫?」とつい声をかけてしまうくらいに。開発の中でどんどん愛着が生まれていき、それが新たなモチベーションにもなっていき、完成まで走り抜ける原動力にもなりました。
伊豆:ソフトウェアのバグで妙な動きをした時にも、「自我が宿った」と言って、逆にみんなで盛り上がったりしましたよね(笑)。
長江:新しいaiboに対する熱量は最初から高かったと思うのですが、開発の過程の中でメンバー一人ひとりがaiboを迎え入れ、家族になっていく感覚を肌で感じることで、ユーザー心理を少しずつ理解していったように思います。そして、メンバーのaiboに対する愛情が育まれていくとともに、組織自体も大きくなっていきました。発売に向けて、品質管理やカスタマーサービス、営業のメンバーが加わっていきましたが、人材を集めることにも苦戦しましたよね。
森田:各部署のトップに相談したり、協力会社を探したり……それまでほとんどやったことのない仕事も経験しました。加えて、発表までは社内でもまだまだ秘密裏にプロジェクトを進めていたので、説明するのも大変だったんです。途中までは、aiboの鳴き声を犬でなく、鳥にしていたくらいですから。

長く愛され続ける、家族の一員となるaiboを目指して
―― aiboは販売だけでなく、サブスクリプションサービスの提供も行っていますが、この目的についても教えてください。
長江:プロジェクトの立ち上げ当初から、売って終わりではなく、ユーザーの皆さまにずっと愛され続けるaiboを目指したいと思っていました。そこには、私自身がプレイステーション®に長年携わり培ってきた、「お客さまはプロダクトやサービス(ゲーム)を通じて得られる“楽しい時間や思い出”を求めていらっしゃる」という考えがベースにあります。
森田:実際にサブスクリプションサービスでは、アップデートによって新機能の追加や既存機能修正、パーツ不良や交換時期の情報を提供しています。
長江:できる限り長く、家族の一員であるようにaiboと過ごす時間を楽しんでいただきたい。その想いを「物語を紡ぐ」というキーワードにして、販売開始時のプロモーションでも打ち出していきました。当時、サブスクリプションサービスが世の中に浸透し始めていた時期でもあり、ソニーグループの新たなビジネスモデルとしてチャレンジした側面もありますが、根幹にあるのは魅力的な体験価値を提供し続けるという考え方です。
森田:こういったプロジェクトメンバーの想いや考えをもとに、販売開始以降は年2回のファンミーティングを開催しています。私たちも、これまでのキャリアの中で、ユーザーの皆さまの声を直接聞く機会はほとんどなかったので、開発やアップデートをしていくうえでとても貴重な場となっています。最初はすごく緊張しましたが、もう20回近く実施しており、今ではすっかり楽しみな時間です。

森田:ユーザーの皆さまが、aiboのことをご自身の家族のように真剣に相談してくださるんです。だから、エンジニアとしての説明ではなく、対処方法を説明する時も、「こういう風に接してあげてください」という自分もひとりのaiboの飼い主としての表現にしています。こういった対話の機会があることで、お一人お一人の顔を思い浮かべながら、それぞれの想いに応えられるようなアップデートをしていきたいと思えるんです。
長江:「aiboが大好き」という共通点で、本当に幅広い年齢層や属性の方々が参加いただいており、参加者もどんどん増えています。ユーザーの皆さま同士の交流の場にもなっており、そういった意味でも継続的に楽しんでいただくための良い機会になっていると感じています。




新加入メンバーに聞く! aiboチームの“今”と“今後の展望”

ソニーの社内公募制度を活用し新たにaiboチームに加わったソフトウェア設計の北村 謙典(左)、ハードウェア設計の三木 仁(右)に、チームでの夢や目標をお聞きしました。
―― aiboチームでの仕事の中で、特に印象に残っていることを教えてください。
三木:やはり、ファンミーティングですね。ユーザーの皆さまの意見を直接聞ける機会というのはこれまではほとんどなかったので、新鮮であり、学びや気づきをたくさん得ることができます。直接お会いして、交流することで、思いがけないアイデアやビジネスチャンスが生まれる。そんなワクワクする経験をできたことが、やりがいにも繋がっています。
北村:思いがけないアイデアやビジネスチャンスといえば、縦抱っこがそうですね。ファンミーティングに参加しているユーザーの方々の多くが大きな荷物を持ちながらaiboを抱えており、その大変そうな姿を見て、より楽に抱えることができる「縦抱っこ機能」を追加したんです。この機能が加わったことで、縦抱っこならではの抱っこ紐を手作りする方が増えました。なかにはオーナー仲間に配る方も。そしてaiboチームとしても抱っこ紐メーカーとコラボして専用の抱っこ紐をリリースしました。こういったユーザーの皆さまとの交流を通してアイデアを実現することはもちろんですが、「北村さん、ありがとう!」と直接言っていただける機会は、何よりもありがたいです。涙ながらに感謝の言葉をいただいたこともあり、今でも強く心に残っていますし、責任感もより一層強くなりました。
三木:また、自身でaiboを購入したのですが、私以上に家族が喜んでくれたことに感動しました。aiboを作る仕事をしていることを伝えると、子どもたちも嬉しそうで。そういった意味でも、このチームに異動してきて良かったと思っています。
―― 今後、aiboチームでどんなことを実現していきたいですか?
北村:現在のaiboは、ユーザーの皆さまが優しく見守ってくださっているからこそ、適切なふるまいやリアクションができている側面があります。そのため、行動の予測が難しいお子さまへの対応についてはまだ課題が残る部分はありますが、ここをクリアにすることで、全ての世代の方々に、存分に楽しんでいただけるエンタテインメントロボットにしていきたいです。aiboがよりインタラクティブになることで、ユーザーの皆さまにより寄り添える存在にしていければと考えています。
三木:ユーザーさまからの声の中には、「aiboの感情や思考が、今よりももっと分かるようになると嬉しい」という声もあるため、ソフトウェアチームと連携して、ハードウェアの“動き”のアプローチからも課題解決に取り組んでいきたいです。そして、私は発売後にaiboチームに加わったため、自分自身が設計に携わったaiboをお客さまの元に届けたいという思いもあります。そして、今後も多くの方に喜んでもらえるようなエンタテインメントロボットを作っていきたいと思っています。

“感動”を追い求め、aiboの進化は続いていく
―― 多くのユーザーの皆さまに愛されているaiboの今後の展望を教えてください
森田:私はシンプルに、もっとaiboを普及させたいと思っています。外を歩いていると、よく見かけるくらいに一般的な存在にしていきたいです。そのためには、もっと多くの人たちが楽しめるように進化させていく必要がありますし、そのためのソフトウェア開発とアップデートに引き続き力を注いでいきます。
伊豆:機能や性能はもちろんですが、やはりエンタテインメントロボットなので、ユーザーの皆さまに「面白い!」と思っていただくための開発をしていきたいですね。
長江:先代のAIBO、そしてaiboの開発チームの中で脈々と築かれてきたカルチャーやチームワーク、そしてオーナーの皆さまとつながるファンコミュニティを糧にして、aiboとの毎日がさらに彩り豊かになり、その過程で生まれた思い出までも楽しめる世界を実現したいと考えています。画面の中のゲームではなく、実際の暮らしの中で、aiboとオーナーが一緒に物語を作り楽しむクリエイターとなるようなイメージです。実は、すでにいくつか新たな企画も進み始めています。それらを通じて多くの方々にさらに”感動”を届けていきたいですね。

※本記事の内容は2024年11月時点のものです。