Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。
本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回ご紹介するのは、大手自動車部品メーカー太平洋工業株式会社が、新規事業開発プログラムを通じて生み出した防災マット「MATOMAT(マトマット)」です。普段は学校の椅子用のクッション、非常時はマットになるこの製品は、どのようにして生まれたのか。後編では、開発チームが直面した困難を乗り越え、事業拡大を実現するまでの軌跡を追うとともに、新規事業の醍醐味についてお話を伺いました。




■事業化に向けて立ちはだかった数々の壁
―― MATOMAT(マトマット)の事業アイデアが固まった後、事業化の承認はスムーズでしたか?
三鴨さん: いえ、平坦ではありませんでした。実は2022年11月の役員ピッチでは、「こんなものは売れない」と厳しい反対意見が出ました。理由としては、既存事業と違って「自分たちで売りに行かなければならない」という点です。時間も人もかかる割に、成果が出るかわからない活動への懸念です。それに、当時は他にも新規商品がいくつか動いていたので、「またこれも売り歩くのか」という現場の負担も危惧されたのだと思います。
―― その反対をどのように乗り越えたのですか?
三鴨さん: 役員からの率直な「売れない」という判断に対し、私たちは諦めずにリベンジピッチを実施しました。戦略として、期間や予算を必要最小限に区切り、段階的に判断してもらうという形を取って、なんとか承認を勝ち取ったんです。
結果として、今では当時の役員からも「本当に売れたなぁ」「やってみないと分からんもんやね」と認められるほどの反響を得ています。2024年3月には完全な事業化判断が下り、すぐに能登半島地震の被災地への支援としてMATOMATを寄贈することができました。

―― 事業化に向けて、ほかに苦労した点はありますか?
洞口さん: 製品の品質保証にも苦労しました。自動車部品では、評価項目や判定基準がすでに決まっていることがほとんどであり、OK/NGの判断が明確です。しかし、MATOMATのような布製品はこれまで扱ったことがなかったため、製品として市場に出す際にどのような評価をしなければならないのかノウハウがありませんでした。そこで、JIS規格からソファー、椅子のクッションに使われる面ファスナー(マジックテープ)の評価規格などを手探りで調べていきました。チームメンバーだけでなく品質担当者も交えて話し合い、子どもたちが学校でこの製品をどのように使うか、災害時にはどのように使用されるかなど様々なことを想定して評価項目や判定基準を決めていきました。
佐野さん: 製造面でも苦労はありました。従来の自動車部品の製造では、部品単体を作るために金型を起こし、社内で製品を完結させることが一般的でしたが、今回のMATOMATについては、外部の力を借りて製品化することになったため、協力メーカーを探す必要がありました。しかし、新しい事業であるため、メーカーに対してどれだけの数を見込めるか明確に伝えられない中で協力を依頼しなければならない点が難しかったです。加えて、ウレタンのような軽いものは、物流コストの影響が非常に大きいため、効率的に運べる場所で製造することが重要だったのですが、幸いにも近くに協力メーカーが見つかり、連携を取り付けることができました。

■地域に広がる共感の輪
―― MATOMATに対するお客様の反応はいかがでしょうか?
三鴨さん: 反響は非常に良いです。先生方からは「子どもたちが授業に集中できるようになった」と言っていただけますし、実際に使っている小学生や中学生からは、シンプルに「お尻が痛くない」という喜びの声が届いています。面白い使い方としては、冬場の体育館です。床が底冷えして寒いので、教室の椅子からMATOMATを外して持って行き、床に敷いて座っているそうで、「冷たい床に座らなくて済む」と、とても喜ばれています。
また、自治体の防災担当の方からは、日常的に防災用品に触れる体験自体を高く評価いただいています 。子どもたちが学校でMATOMATを使い、その話を家ですることで、地域全体の防災意識の底上げにもつながると期待されています。おかげさまで現在、岐阜県や愛知県の自治体を中心に、約1万8,000枚が導入されています。

洞口さん: メディアに多く取り上げていただいたおかげで、社内での認知度も一気に上がりました。「MATOMATは最近どうなの?」「頑張ってるね」と声をかけてもらうことが増えて、とても励みになっています。特に、地元である大垣市内の全小学校に導入された影響は大きかったです。お子さんがいる社員から「うちの子の小学校にも入ったよ!」と報告をもらうこともあって、身近なところでも広がりを実感しています。
三鴨さん: このMATOMATには、「社会課題解決に繋がる事業にしてほしい」という社長の強い想いがありました。そこで、廃材活用による環境負荷の軽減や学校の環境改善だけでなく、福祉支援もできないかと考え、組み立て作業を地域の社会福祉事業所にお願いすることにしました。この提案は非常に好意的に受け止めていただけて、事業所側が抱えていた「仕事の確保」「施設外就労の機会創出」という課題解決にも繋がり、トータルで非常に良い循環を作ることができました。製品の検品(異物混入チェックなど)も協力していただいており、彼らが少しでも作業しやすいように、キャップを外す手間のないマーカーペンを採用するなど、工程の細部にも工夫を凝らしています。

■挑戦することで得た学び
―― MATOMATのプロジェクトを通じて、ご自身が最も成長したと感じる点を教えてください。
三鴨さん: 最初は、社会課題を解決しながらビジネスとして成立する良い商品を作るのは難しいと思っていました。しかし、MATOMATを通じて、大義を掲げ、それを実現する思いを持ち続けることによって周りが応援してくれるようになり、道が開けるのだと、実体験として学ぶことができました。
洞口さん: 私は、「その製品やサービスを本当に欲しがっている人を見つけること」の大切さを学びました。どんなに良い技術であっても、それが誰にとって一番役に立つのかを見極められなければ届きません。自分が届けたいと思う軸をぶらさないこと、また、諦めないこともすごく大事だと実感しています。
佐野さん: 今回のプロジェクトを通して「ニーズありきで物を作る」という視点を持てたことが大きな学びです。今後の事業開発においても大切にしたい考え方だと思っています。また、お客様の声をダイレクトに聞ける営業経験を積めたことも非常に良かったと感じています。
―― 最後に、新規事業に挑戦したい方へのアドバイスをお願いします。
洞口さん: 新規事業は初めての経験がたくさんでき、とても楽しいですが、時には「今日はもう嫌だ」と悩むこともあります。そうした困難に直面した時には、帰宅後に好きなことに没頭したり、早く寝たりして気分転換しました。上手く気持ちを切り替えながら最終的なゴールだけは諦めないという姿勢が大事かなと思います。
佐野さん: 私も楽しむことが一番重要だと感じています。今回の経験を通じて、普段の何気ない日常生活の中にアイデアの種が隠れていることに気づきました。仕事以外のところでも様々なことに興味関心を持ち、アンテナを張っておくことが大切だと感じています。
三鴨さん: 新規事業は初めての経験ばかりですが、捉え方次第で非常に楽しく取り組めるものだと感じています。怖がらずに新しいことを肯定的に捉える姿勢があれば、必ず道は開けると信じています。
私たちもMATOMATでの挑戦を続け、今後はお客様の声をもとに仕様を追加したり、ラインナップを増やしたりと進化させていく予定です。目標は、全国の自治体への導入です。MATOMATを日本中に広げていきたいと考えています。
