2025.07.01
Challengers ーイノベーションの軌跡ー

LiLz株式会社 #02|AIとIoTで現場の仕事をラクにする(後編)

Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。

今回は、AIとIoTによって「現場の仕事をラクにする」ことに挑むLiLz株式会社(以下、リルズ)です。
技術革新によって、あらゆる社会課題に革新的なアプローチが可能になってきましたが、設備保全や建設、農業、漁業などの現場の仕事では、一般的なIT技術では解決が難しい複雑な課題がまだ多く残されています。
そうした課題に対して、リルズはどのように解決していくのか。同社の代表取締役社長である大西敬吾さんに、起業の経緯や直面した壁、そして業界初となる防爆対応IoTカメラ「LC-EX10」の開発秘話について詳しく伺いました。

後編では、さまざまな困難が立ちはだかった防爆認証の高い壁をどのように乗り越えたのかご紹介します。(前編はこちら

LiLz株式会社 代表取締役社長 大西 敬吾(おおにし・けいご)さん
ソニーグループ株式会社 Sony Acceleration Platform アクセラレーター 水間 浩彰 (みずま・ひろあき)

 

line

■防爆対応の高いハードルとSony Acceleration Platformの支援

―― 防爆対応のIoTカメラ「LC-EX10」を開発する上で、どのような難しさがありましたか?

大西さん:防爆構造にはいくつか種類があるのですが、当時主流だったのは「耐圧防爆」という、頑丈なケースでカメラを覆う方式でした。これは比較的簡単に実現できる反面、非常に重くなるデメリットがあります。私たちの既存IoTカメラは、小型・軽量で簡単に設置できる取り回しの良さが強みでした。非防爆エリアと防爆エリアでユーザー体験を変えたくなかったので、「本質安全防爆構造」という、回路設計と基板配線設計の両輪で安全性を担保する最も難易度の高い防爆構造に最初から挑戦することを決めました。

本質安全防爆構造では、機器内部の電気エネルギーを制限し、正常状態および想定故障時に発生しうる火花や発熱で電気的な点火源にならないように設計する必要があります。小型を維持しながらこのような設計をする点や、軽いプラスチック素材で防爆構造に必要な強度を担保する点、さらにはエネルギー源となりうるリチウムイオン電池を内蔵する点など、どれもが非常に高いハードルであり、客観的に見れば無謀なチャレンジだったと思います。

サンプル初号機
サンプル初号機

―― 開発を進める上で、Sony Acceleration Platformの支援はどのような形で始まったのでしょうか。

大西さん:既存のIoTカメラの品質評価をご相談させていただいたのが始まりで、途中から防爆についてもご対応いただきました。当時のリルズはハードウェアの専門家が不足しており、特に防爆という特殊な領域の設計や認証には、私たちだけでは知らないことが多すぎました。

水間:まず、既存モデルの設計におけるウィークポイントの洗い出しを行いました。外で使う製品ですので、プラスチックの劣化や退色といった品質に関する部分についてさまざまなテストを行い、問題点を特定し、品質向上のための提案をさせていただきました。その内容が、今回の防爆対応モデルの開発にも繋がっています。防爆構造にするためには筐体や基板の設計をどうすれば良いかといった上流段階の検討をご一緒させていただき、防爆認証の専門家の方々とも連携しながら、求められる強度や安全性、使用する素材などについて議論を重ねました。

大西さん:Sony Acceleration Platformの方々には、設計の初期段階から密接に関わっていただき、技術的な根幹に関わる部分で支援してもらいました。これは、私たちだけでは非常に難しかったプロセスです。外部の専門家の方々が、自社のプロジェクトメンバーと同じようにフラットに関わってくださる姿勢は、非常にありがたかったです。

LiLz株式会社 代表取締役社長 大西 敬吾(おおにし・けいご)さん2  ソニーグループ株式会社 Sony Acceleration Platform アクセラレーター 水間 浩彰 (みずま・ひろあき)2

■認証試験、最後の壁

―― 防爆認証を取得する過程で、最も苦労した点、壁となった点は何でしたか?

大西さん:開発自体に約2年を要しましたが、そこから認証機関での認証取得にさらに約1年かかりました。特に大変だったのは、書類上での認証確認です。回路図などを提出し、条件を満たしているかを確認してもらうのですが、私たちの想像の10倍以上の時間がかかりました。指摘を受けて回路図を修正し、部品が増えていく一方で、カメラのサイズは変えられないという制約がある中での作業でした。最終的に基板が8層になるなど、より複雑化していきました。

そして、2024年4月、いよいよ最終試験の結果が出る予定だったのですが、ここで不合格の連絡を受けてしまったんです。防爆では筐体が保護容器として扱われるため、高温と低温環境下での衝撃落下試験が課されるのですが、ここで残念ながら不合格となってしまいました。

水間:当時のプレッシャーやストレスは、計り知れないほど大きなものであったと推察いたします。

大西さん:はい、関係各所に発売間近と伝えている中での不合格は、精神的にもかなり辛かったです。不合格の連絡を受けた時は、CFOと中期計画の打ち合わせをしていたのですが、すぐにコスト削減会議に切り替えることになりました。残りのキャッシュと照らし合わせると、このまま認証が取れないと資金がショートしてしまう、という厳しい状況でした。

―― そのような状況を、どのように乗り越えたのですか?

大西さん:合格となる2024年8月までの4ヶ月間は、本当に壮絶でした。不合格の結果を受けて、筐体を作り直すか、基板上で対策するかなど、7種類もの対策プランを検討し、すべて同時に進めながら認証機関と何度もやり取りを重ねました。

実は、この不合格の少し前に、非常に優秀なハードウェアの専門家2名が当社に参画してくれていました。彼らが来てくれたタイミングはまさに奇跡で、この4ヶ月間、不合格の解析から設計修正、認証機関との交渉まで、中心となって対応してくれました。彼らの専門知識と尽力がなければ、この壁は突破できなかったと思います。

個人的には、プレッシャーを和らげるために「認証が取れるまで都内のホテルに泊まれない」というゲームを自分に課し、カプセルサウナを転々としながら過ごしました。追い込まれた状況で、あえて厳しい環境に身を置くことで、精神的な負荷を分散しようとしていたのだと思います。

■念願の合格、世界中の現場をラクに

――さまざまな困難を乗り越え、2024年8月に念願の合格通知が届きました。その時の心境はいかがでしたか?

大西さん:合格の連絡を受けた時は、飛び上がって喜ぶというより、腰が抜けてしばらく動けませんでした。3年間という長い開発期間、そして最後の4ヶ月間の壮絶な日々が頭をよぎり、安堵感が強かったですね。関わったメンバー全員に連絡し、社内も大いに盛り上がりました。

発売後、お客様からは「待ってました!」というお声をたくさんいただいています。これまで防爆エリアで使える電池内蔵・無線通信のカメラがなかったため、多くの現場で人が目視で点検せざるを得ない状況が続いていました。特に防爆性雰囲気の危険区域における点検作業は、高齢化による技術伝承の課題や労働人口減少の影響も大きく、防爆対応IoTカメラ「LC-EX10」は、そういった現場の長年の課題を解決できる待望のプロダクトだと自負しています。

防爆対応IoTカメラ「LC-EX10」を持つ大西さんと水間
防爆対応IoTカメラ「LC-EX10」を持つ大西さんと水間

――今後の展望について教えてください。

大西さん:まずは、国内市場で「LC-EX10」を含めたIoTカメラとAIクラウドサービスの導入を加速させていきたいと考えています。現在累計で7,500台ほど導入いただいていますが、これをさらに増やし、多くの現場で当たり前に使われる存在にしたいです。

並行して、海外展開の準備も進めています。国ごとの無線認証や電気製品安全認証、そして防爆認証など、クリアすべき規制が多く大変ですが、2027年までにEUを含む38カ国での販売を目指しています。今年は認証取得の準備に注力し、来年から本格的に海外展開を加速させる計画です。

また、「五感プラットフォーム」というコンセプトで、目視点検だけでなく、現場の音や匂いといった目以外の情報も取得・解析できるセンサーの開発も進めています。点検業務の8割は目視ですが、残りの2割をカバーしないと、本当に現場の人が行かなくて済むようにはなりません。この難易度の高い課題を解決することで、現場の仕事を真にラクにすることを目指しています。2027年までに五感センサーを含めたラインナップを全て揃えたいと考えています。

水間:その挑戦を支える仲間も募集されていますよね。

大西さん:はい。事業拡大に向けて、エンジニアやセールスなど、さまざまなポジションで一緒に働く仲間を募集しています。特にセールスとエレキの設計者を探しています。私たちが大切にしているのは、「メーカーマインド」を持ってプロダクトが好きで、課題解決に貢献することに喜びを感じられる人です。沖縄という場所に興味を持っていただくことも多いですが、何より私たちのミッションや開発への情熱に共感してくれる方と一緒に働きたいと思っています。

――最後に、これから事業開発や起業に挑戦する方へのメッセージをお願いします。

大西さん:気負わずに始めることが大切だと思います。素晴らしい原体験や動機がなくても、「起業がカッコイイと思ったから始めた」という人もたくさんいます。ビジョンやミッションは後から作ってもいいし、途中で変えても構いません。私自身も「経営者とはこうあるべき」という考えから抜け出してから、自然体でやれるようになりました。無理な背伸びをせず、自分が続けたいと思えるテーマを選び、きちんと課題解決に向き合えば、マーケットは評価してくれると思います。

line

本記事の内容は2025年6月時点のものです。

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、880件以上の支援を27業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2025年6月末時点)

バックナンバー

Challengers ーイノベーションの軌跡ー

ランキング