Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、システムインテグレーターのネットワンシステムズ株式会社(以下、ネットワンシステムズ)の皆様に、生成AIを業務に導入した背景や、それによって生まれた変化についてお話しを伺いました。





はじめに
――ネットワンシステムズ社の事業概要と、皆様が所属されているカスタマーサクセス部の役割について教えてください。
島田さん:私たちネットワンシステムズは、創業当時はネットワーク事業を強みとしていましたが、現在ではネットワークだけでなくサーバーや各種メーカー製品、そして自社のサービスを組み合わせ、お客様に総合的な情報インフラ構築とそれらに関連したサービスを提供しています。
企業理念には「人とネットワークの持つ可能性を解き放ち、伝統と革新で豊かな未来を創る」と掲げています。これは、私たちが長年培ってきた匠の技術、いわば「伝統」と、AIのような新しいテクノロジーという「革新」を融合させ、お客様と共に未来を創造していく「共創ビジネス」を目指すという意思の表れです。
私たちの所属するセールスエンジニアリング本部は、コンサルティングから、運用、セキュリティ、ファシリティ、プロジェクトマネジメントまで、あらゆるサービスを集約した組織です。その中で、私たち第1・第2カスタマーサクセス部は、主にお客様先でのシステム運用サービスを担う部門です。
第1カスタマーサクセス部は製造業などのエンタープライズ系企業を主に担当し、提案活動を支援する専門部隊なども擁しています。一方、第2カスタマーサクセス部は公共系のマーケットに加え、北海道から西日本まで全国のエリアをカバーしています。 お客様の業務運用をアウトソーシングという形で支援し、お客様が本来のコア業務に集中できるよう、IT運用の側面からビジネスを成功に導くことが私たちのミッションです。
「顧客満足度向上」の裏にあった、運用現場の根深い課題
――お客様のビジネスを深く支援する業務の中で、生成AIの導入を考えるきっかけとなった具体的な課題は何だったのでしょうか。
薗田さん:やはり、運用現場の管理者の業務負荷の増大が深刻でした。運用を担当する現場の数が増える中で、それぞれの現場でトラブルや課題が同時に発生すると、どうしても対応が後手に回ってしまい、立ち行かなくなる。この状況をどうにか改善したいというのが出発点でした。
永塚さん:私たちの部門では、お客様への障害報告書の品質が大きな課題の1つでした。お客様のシステムで障害が発生すると、私たちは迅速な原因究明と報告書作成を求められます。しかし、報告書を作成するメンバーの経験やスキルによって、品質にどうしてもばらつきが出てしまいます。
もちろん、その課題に対して手をこまねいていたわけではありません。一昨年には、実際の障害事例を基に報告書の書き方を学ぶセミナーを開催するなど、ナレッジの共有や品質向上に取り組んできました。ある程度の成果はありましたが、それでも個人のスキルへの依存から完全に脱却するには至らず、さらに質の高い報告書を書こうとすると、今度は作成に膨大な時間がかかってしまうという別の問題も抱えていました。
島田さん:組織全体を俯瞰すると、運用業務に対するお客様の期待値が大きく、そして高度に変化してきたという背景があります。かつては、決められた手順書通りに作業をこなすことが運用業務の主流でした。しかし今では、それは当たり前のレベルであり、さらに一歩進んだ提案や、状況に応じた臨機応変な対応といった、より高度な運用、いわば「提案型の運用」が求められるようになっています。
しかし、運用の高度化を進めようとすると、現場の稼働が逼迫し、超過勤務につながりかねません。会社としては当然、残業は抑制しなければならない。この「業務品質を上げたいが、時間は増やせない」というジレンマを解決し、お客様の期待に応えるための時間をどう捻出するか。そのために、既存業務を抜本的に効率化する必要に迫られていました。
興味深いのは、現場のメンバーから「仕事が大変だ」「残業したくない」という不満の声がほとんど聞こえてこないことです。彼らは非常に真面目で責任感が強く、むしろ「お客様のために、このシステムをもっとうまく回したい」「品質を上げるための時間がほしい」というポジティブな悩みを抱えているのです。その使命感に応えるためにも、AIのような新しい技術の活用は不可欠でした。
“自分ごと化”をできる実践重視のAI研修
――さまざまな立場で課題が山積し、解決策が急務だったのですね。そのような状況下で、数ある解決策の中からSony Acceleration PlatformのAI研修を導入された経緯を教えてください。
島田さん:直接のきっかけは、人事部門から「こういう研修がある」と紹介されたことでした。実はその前段として、部門育成のために「ビジネスアーキテクト」の考え方を学ぶ研修を検討しており、その一つの選択肢としてAIの利活用が浮上した、という背景があります。話を聞いてみると、まさに私たちが抱える課題を解決できる大きな可能性を感じ、導入を決めました。
他社のAIサービスと厳密に比較検討したわけではないのですが、Sony Acceleration Platformのアクセラレーターである加賀谷さんの説明の仕方が非常に柔らかく、魅力的だったのが決め手です。技術的な話を学者的に難しく語るのではなく、誰もが抵抗なく新しい技術に触れられるような語り口で、「これなら部門のメンバーもすんなり受け入れられるだろう」と直感しました。
――研修はどのような内容でしたか。重視されたポイントはありますか。
加賀谷:研修は、生成AIに関する1時間ほどのレクチャーと、3時間の実践的なワークショップで構成しました。ワークショップでは「障害報告書の作成」と「新サービスの考案」という、実際の業務に直結する2つのテーマを扱いました。特にネットワンシステムズ様からのご要望で実現した「障害情報の分析」は、我々にとっても新しい試みでした。
オンライン形式でしたが、ただ講義を聞くだけでなく、全員が手を動かす体験を重視しました。オンラインシステム上でいくつかのチームに分かれ、分からないことがあればチーム内で教え合い、助け合いながら進めてもらうスタイルを取りました。もちろん、初めての方でも取り残されないよう、見本となるプロンプト(AIに「何をしてほしいのか」「どんなものを作ってほしいのか」を伝えるための言葉や文章、質問)を配布し、まずはそれをコピー&ペーストで試すところから始めてもらいました。
島田さん:研修を企画する上で私たちがリクエストし、重視したのは3つのポイントです。まず、AIの知見が浅いメンバーもいるため、初心者でも理解できる基礎的な内容であること。次に、何でもAIに情報を入力してしまうことの危険性、つまり社内情報の取り扱いや情報漏洩のリスクに関するリテラシー教育を徹底すること。そして最後に、AIの進化は日進月歩なので、今現在 の使い方だけでなく、将来的にどう発展していくのかという未来の展望も示してもらうことでした。
そして何よりこだわったのは、「自分ごと」として捉えられる実践性です。よくある研修のように、自分たちの業務と関係ない事例で学んでも、結局は机上の空論で終わってしまいます。そこで、実際の業務で発生した障害情報や、本当に検討している新サービスの構想など、極めてリアルな題材を使わせてもらいました。研修で学んだことを「明日からすぐに現場で活かせる」という実感を持ってもらうことを、何よりも意識しましたね。
薗田さん:ワークショップでは、同じプロンプトでも少し表現を変えるだけで出力結果がガラリと変わることを実感でき、どうすればより良いアウトプットを引き出せるか、チーム内で活発なディスカッションが生まれました。最初は戸惑っていたメンバーも、慣れてくると「こうしたらどうだろう?」と試行錯誤を始め、みんな本当に楽しみながら使い方を模索していて、非常に良い雰囲気でしたね。
「思考のアシスト」としてボトムアップの活用へ
――研修後、現場では具体的にどのような変化が生まれましたか。
薗田さん:最も大きな変化は、AIを単なる「作業ツール」ではなく、「思考のアシスト」として活用できるようになったことです。特に、障害発生時の原因分析でその効果を実感しています。以前であれば担当者が2〜3時間も頭を悩ませていたような複雑な事案でも、AIに壁打ちをすることで、自分たちだけでは気づけなかった視点や観点を網羅的に洗い出せるようになりました。
最近でも、関係者で集まってAIに問いかけながらディスカッションを進めることで、原因の特定と対策の立案が劇的にスムーズに進みました。人間の経験や勘だけに頼っていた部分をAIが客観的かつ網羅的に補ってくれる。これは本当に衝撃的な体験でした。
永塚さん:研修が直接的なきっかけとなり、メンバーが自発的にAIの利活用法を考えるようになりました。最近では、有志によるワーキンググループが発足し、日々の業務の中で「この作業はAIで効率化できないか」「こんな使い方はどうだろう」と話し合う文化が生まれつつあります。まだ始まったばかりですが、メンバー一人ひとりの意識が大きく変わってきたことを実感しています。
島田さん:この動きは、今や私たちの部門だけでなく、本部全体にも広がっています。もちろん会社としても以前から注力しており、私たちが研修で取り組んだことで、AI利活用の流れを推進する側の立場になりました。もしこの研修を受けていなければ、他部門の動きを「AIねえ、大変そうだね」と「対岸の火事」のように見ていたかもしれません。自分たちが当事者として深く関わり、その可能性と課題を肌で感じたからこそ、次の一手を主体的に考えられるようになった。これは非常に大きな成果です。
――素晴らしい変化ですね。一方で、そうした活動の成果を、例えば「何時間の業務を削減できた」といった形で定量的に示すことはできているのでしょうか。
島田さん:それが非常に難しい点です。実は今、その効果測定をどう行うか、まさに検討しているところです。もちろんAIの利用ログは取れますが、それがどれだけの効率化につながったかを正確に計測する仕組みがまだありません。というのも、AIで捻出された時間は、そのまま余暇になるのではなく、お客様への提案内容を考えたり、新たな品質向上のための活動に使われたりするわけです。業務時間が単純に減るわけではないので、効果が見えにくい。これは今後の課題ですね。
――ボトムアップで活用が広がっている一方で、新たな課題も見えてきたのではないでしょうか。
島田さん:おっしゃる通りです。大きく分けて2つあります。一つは、AIの回答を鵜呑みにしてしまうリスク。AIは平然と嘘をつくことがありますから、その情報を検証せずに利用し、思考停止に陥ってしまうことを最も懸念しています。もう一つは、やはりセキュリティリスクです。
これらはAIを普及させる上で避けては通れない課題であり、継続的な教育が不可欠だと考えています。AIはあくまで「優秀な相談相手」であり、その回答が正しいかどうかを判断し、最終的な責任を負うのは我々人間であるという意識を徹底しなければなりません。
――そうした課題も踏まえ、今後の展望についてはどのようにお考えですか。
薗田さん:まずは、研修でも扱った障害報告書の作成プロンプトを標準化し、誰が使っても一定の品質が担保される仕組みを組織として構築したいです。さらに将来的には、過去の障害ログや対応履歴といったナレッジをAIに学習させ、「このようなログが出たら、過去のこのケースに基づくと障害に発展する可能性がある」といった予兆検知に活用できないかと考えています。ここまで実現できれば、障害を未然に防ぐ「プロアクティブな運用」につながるはずです。
島田さん:短期的な目標は、現場ですぐに使えるノウハウを蓄積し、組織全体に横展開していくことです。そして長期的には、AIを私たちの業務プロセスや社内システムと完全に連携させ、運用業務そのものを根底から変革していくことを目指しています。そのためには、今のようなボトムアップの自発的な動きと、会社全体で進めるトップダウンの戦略をうまく融合させることが重要です。地道に 、しかし着実に、AIを単なるツールではなく「文化」として根付かせていきたいですね。
おわりに
――最後に、これからAIの導入を検討している企業に向けて、メッセージをお願いします。
永塚さん:まずは「使ってみる」ことが一番だと思います。難しく考えずに、「こんなことができたらいいな」と想像し、身近な業務で試してみて、何ができて何ができないのかを体感するところから始めるのが良いのではないでしょうか。そうすれば、自社の課題にどう活かせるか、具体的なイメージが湧いてくるはずです。
島田さん:企業として強く認識すべきは、これからの若い世代はAIを使うのが当たり前の環境で育ってくるということです。企業側がその変化に追いつけなければ、優秀な人材から選ばれなくなるだけでなく、企業間の生産性にも、もはや取り返しのつかないほどの圧倒的な差が生まれるでしょう。生成AIの導入は、もはや選択肢ではなく必須だと考えています。正直、ライバル会社には教えたくないくらいですが(笑)、迷っているのであれば、本当に今すぐ取り入れるべきと伝えたいです。
そして、導入を成功させる鍵は「文化醸成」にあります。AIを使うこと自体が目的ではなく、業務を効率化し、より質の高いサービスをお客様に提供するための「手段」であるという目的意識を組織全体で共有することが、何よりも重要だと実感しています。
加賀谷:まさに、生成AIは蒸気機関やインターネットの登場に匹敵する、産業革命レベルの技術だと私も考えています。この革命的な技術をいち早く使いこなす側に回るのか、それとも周りの動向をうかがっているうちに手遅れになるのか。今、多くの企業がその大きな岐路に立っています。もはや、大企業であっても、AIを駆使する数名のスタートアップに一瞬で追い抜かれてしまう可能性すらある時代です。全社的に、そしてボトムアップでAI利活用の文化を築いていくことが、これからの時代を生き抜く上で不可欠な生存戦略ではないでしょうか。