2025.08.05
Challengers ーイノベーションの軌跡ー

株式会社常陽銀行 #02|行員のアイデアが地域の未来を拓く。顧客基盤を活かした共創型ビジネスの可能性

Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。

前回の記事でご紹介しました、株式会社常陽銀行(以下、常陽銀行)が行内で開催するビジネスコンテスト「インキュベーションプログラム」から、見事、事業化を成し遂げた案件が生まれました。それは、長年かけて築き上げた約92万人(2025年6月現在)という会員規模を、地域の事業者のためのマーケティングソリューションとして提供するという、地方銀行として地域に密着した広い顧客エリアを持つ常陽銀行ならではのアイデアでした。

そこで今回は、そのアイデアの発案者である常陽銀行の磯部 朗大さんと、インキュベーションプログラムの運営を支援したSony Acceleration Platformのアクセラレーターにお話を伺いました。アイデアが生まれた背景から事業化に至るまでの道のり、そしてこの事業が描く未来を語っていただきました。 

>> 1記事目:株式会社常陽銀行 #01|地域課題に寄り添い、全員が新規事業に挑戦できる企業風土を目指して

2015年に新卒で入行し、支店で約3年間、主に法人向け融資を担当。2018年2月から現部署にて、主に個人向けインターネットバンキングの企画・運営・セキュリティ対策を担当。また、FAQサイトやチャットボットといったデジタルチャネル拡充にも従事。 

Sony Acceleration Platformのプロデューサーとして、業種を問わず多様な企業の新規事業に関する企画立案や制度設計、ビジネスコンテストの企画・運営支援、事業開発に関するトレーニングやメンタリングに従事。 

 

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はじめに

――磯部さんのこれまでのキャリアと、現在ご担当されている業務について教えてください。

磯部さん:2015年の4月に新卒で常陽銀行に入行し、最初の約3年間は支店にて主に法人向けの融資を経験しました。その後、2018年2月に現部署(ダイレクト営業部)へ異動してから、主に個人向けインターネットバンキングの企画やセキュリティ対策に携わっています。
部署としてはWEB系の施策を多数分掌しており、私自身もインターネットバンキングだけでなく、FAQサイト(HP内「よくあるご質問」)やAIチャットボットなど、お客様がクイックに自己解決できるデジタルチャネルの拡充にも取り組んできました。 

 

92万人の顧客基盤を「地域の資産」へ。課題感から生まれたアイデア

――今回、常陽銀行の新規事業創出のためのビジネスコンテスト「インキュベーションプログラム」に応募されたきっかけは何だったのでしょうか。

磯部さん:私のいる部署では、インターネットバンキングや銀行アプリをご利用の個人のお客様に対し、約10年前から当行商品に関するメールマガジンを積極的に配信してきました。おかげさまで、毎年10万人くらいのペースで会員数が継続的に増えてきており、これは地方銀行としてはかなり速いペースだと思います。
2025年6月時点で、茨城県を中心に約92万人のお客様にメルマガを購読いただいており、これは茨城県の人口の約3分の1に相当する規模です。

茨城県でも有数の顧客基盤ができたのを見て、「これを何かに活かせないか」と考えるようになり、メルマガという媒体を地域の事業者様に提供することで、販促の支援につながるのではないかという仮説を持ちました。
そうした折に、会社としてインキュベーションプログラムへの参加を推奨する発信がイントラサイトなどであり、「このような新しい取り組みに是非チャレンジしていこう」という部署内の声にも後押しされ、エントリーしました。

――会社としてインキュベーションプログラムへの挑戦をバックアップする体制があったのですね。

磯部さん:はい。何か自分だけで新しいことを始めるのは、やはり勇気がいることだと思います。ですが、会社としてプログラムの中で研修をしながら育てていこう、という姿勢が見えたことは、応募する上で非常に大きなきっかけ・励みになりました。

また、エントリーシートのフレームワークが非常によくできていて、実際に課題や解決策、メリット・デメリットなどを書き込んでいく中で、思考が整理されていきました。銀行は参入できる事業が規制により制限されているのですが、2021年5月の銀行法改正により、広告業への参入が可能になっていた背景も後押しになりました。 

 

銀行の「信頼」を強みに。事業者と顧客の課題を的確に結ぶビジネスモデル

――具体的にはどのようなビジネスアイデアだったのでしょうか?

磯部さん:ひとことで言うと、事業者様の広告を当行のメールマガジンに単独掲載し、配信料をいただくというビジネスモデルです。

事業者様が抱えるお悩みとして、フリーペーパーのような紙媒体では他の広告に埋もれがちであったり、WEB広告ではターゲティングの属性が推定で分かりづらいといった課題があるのではと推測しました。

それらの課題へのソリューションとして、当行のサービスでは、まず単独掲載にすることで広告を目立たせることができます。また、デジタルチャネルなので、紙媒体の印刷と比べて安価に提供できるというコストメリットもあります。
そして最大の強みは、ターゲティングの精度です。我々は銀行アプリ・インターネットバンキングへの口座登録と同時にメールアドレスを登録いただいているため、年齢やお住まいの地域といった正確な属性情報に基づいたターゲティング配信が可能です。これにより、「この地域に住む、この年代の女性だけに配信したい」といった事業者様のニーズに的確にお応えできると考えています。銀行が持つ正確なデータという信頼性は、非常に高く評価いただいている点です。

また、事業者様から画像・文言を入稿いただければ、当行にてメルマガ制作・配信・結果レポートまで一気通貫に対応しますので、こうしたサポートの手厚さもご好評いただいております。

塩川:広告マーケティング全般において共通する課題ですが、実際に配信してみると想定していたターゲット層とは大きく異なる層に届いてしまうというのは、従来の広告出稿では頻繁に発生する問題です。その点において、銀行が保有する精度の高い顧客データを活用できることは、事業者にとっては間違いなく強みになりますよね。 

 

周囲の手厚いサポートが後押しした、事業化への道のり

――プログラムに参加してみて、特に苦労した点や、印象に残っていることはありますか。

磯部さん:やはり、通常業務との時間的な兼ね合いをどう作っていくか、という点は課題でした。しかし、幸いにも現部署は新しいことへのチャレンジに非常に前向きで、上司や同僚の惜しみない協力を得ながら進めることができました。プレゼンの練習に付き合ってもらったり、資料のブラッシュアップに力を貸してもらったりと、周りのサポートがなければ走りきれなかったと思います。

また、Sony Acceleration Platformのアクセラレーターである塩川さんをはじめとする事務局のサポートも非常に心強かったです。当初は自分の頭の中だけで考えていたビジネスモデルでしたが、「本当にそれを必要としている事業者はいるのか」という問いから、顧客へのインタビューの重要性を学びました。実際に事業者様に話を聞きに行く際も、何を聞いたら本音を引き出せるのかといった具体的なノウハウまで親身に教えていただきました。この「プロダクトマーケットフィット」の考え方を早い段階で教えていただけたことが、後のブラッシュアップに大きく繋がりました。

実際にインタビューでは、広告の単独掲載、ターゲティング配信などサービス提供方法について好意的な反応が得られました。価格設計についても、事業者さまの「生の声」を聞くことで、事業者さまと当行の双方にとってメリットがある設計ができたと思います。

塩川:磯部さんのアイデアをお聞きした際、地方銀行が持つ独自の資産を最大限に活かしたアイデアだと感じ、すごいポテンシャルを秘めているなと思いました。北関東というエリアに限定されるものの、その地域で百万人近い規模のユーザーを抱えているプラットフォームは他になかなかありません。この地域にマーケティング活動を展開したい事業者は必ずいるはずで、精度の高いターゲティングが実現できれば、面白い事業になると確信しました。このアイデアを通じて、地方銀行が保有する顧客基盤やブランド力といった既存資産の新たな可能性について、私たちも改めて認識を深める機会となりました。 

 

初年度での事業化が、後に続く挑戦者の道標に

――プログラムを経て、見事アイデアが採択され、事業化が決まった時の心境はいかがでしたか?

磯部さん:最終プレゼンは役員もいる中で、声が裏返るほど非常に緊張しました。そんな中でもアイデアを評価いただき、一番優秀な賞をいただけたことは、素直に嬉しかったです。それと同時に、「これから大変になるぞ」という覚悟も芽生えました。アイデアだけで終わらず、事業化まで経験できたことは、本当に得難い経験だと感じています。

塩川:初年度のプログラムから、このように具体的な事業化事例が創出されたことは、本当に喜ばしいことです。初年度は注目度が高い一方で、先行事例がない中での挑戦となり、参加者の皆様は相当苦労されたと思います。前例がないので参加者はすごく大変だったと思います。いわば「パイオニア」として未知の領域を切り拓く役割を担われていたわけです。そんな中で、最後まで粘り強く取り組み、成功への道筋を示していただいたことは素晴らしいことですし、これによって後輩たちも勇気づけられ、「自分も挑戦したい」という意欲ある人材がどんどん増えてくると思います。

磯部さん:実際に、後に続く後輩から「どうでしたか?」「どんなプレゼンをしましたか?」「何を重視して考えましたか?」といった相談を受ける機会も出てきました。自分の経験を伝えることで、少しでも後進の方々の助けになれればと思っています。

――サービスは今年の4月から開始されたとのことですが、お客様の反応はいかがですか。

磯部さん:昨年10月から約4ヶ月間の無償トライアルを実施し、お客様の反応などを確認した上で、今年の4月から有償サービスを開始しました。トライアル期間中に懸念していた、広告配信によるメルマガの配信停止といったネガティブな反応も想定以下に抑えられ、サービス化に弾みをつけることができました。

有償化して3ヶ月ほどですが、すでにお問い合わせを含めて多くの引き合いがあり、十数件の配信実績となっています。実際にイベントの集客に繋がったり、自社サイトでの資料請求が増えたりといった成功事例も出てきており、非常に手応えを感じています。 

 

新規事業挑戦者へのメッセージと、この事業が描く未来

――これから新規事業に挑戦しようと考えている方々へメッセージをお願いします。

磯部さん:(Sony Acceleration Platformが支援し、常陽銀行が行内で運営する)新規事業創出を手助けする企業内のプログラムは、研修やノウハウ提供の体制が非常に充実しており、参加するだけでも貴重な経験になりました。

新しい事業を考え、ニーズを定義し、事業を組み立てていくスキルは、これからの変化が激しい社会を生き抜く上で、必ず役に立つ普遍的なスキルです。少しでも自分の所属する企業内や周辺にチャンスがある方、ビジネスコンテストなどの新規事業創出プログラムに興味がある方は、ぜひ積極的にチャレンジしていただきたいです。

塩川:磯部さんのコメントの中に自然と「プロダクトマーケットフィット」といった言葉が出てくることに、このプログラムでの学びが深く浸透しているのを感じて感動しています。まさにおっしゃる通り、これらの観点は新規事業に限らず、あらゆる業務に役立つ重要なスキルです。

磯部さんのように、これまで事業開発の専門でなかった方でも、アイデアと「やりたい」という想いさえあれば、必要なスキルやサポートはプログラムを通じて後から得られます。

「経験がないから」と躊躇してしまうのは、非常にもったいない。大変なこともありますが、得られるものは計り知れないので、ぜひ挑戦していただきたいですね。

――最後に、このサービスを通じて今後成し遂げたいことを教えてください。

磯部さん:当行の豊富な顧客基盤と正確なデータをより多くの事業者様にご活用いただき、地域活性化の一助となることが一番の目標です。現状は他社媒体で広告出稿の経験があるお客様からの引き合いが中心ですが、今後はこれまで広告という手段にリーチできなかったようなお客様にもご提案していきたいです。また、将来的には配信代行だけでなく、WEBサイトの改善提案といったコンサルティング領域まで支援の幅を広げ、より多くのお客様のニーズに応えていきたいと考えています。

塩川:このビジネスモデルは、他の地方銀行さんにも横展開できる可能性があると感じています。様々な地域で同じような取り組みが広がっていけば、それは大きな地方活性化に繋がります。この事業が、その成功事例として、多くの地域を盛り上げていくきっかけになると素晴らしいですね。 

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、900件以上の支援を27業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2025年7月末時点)

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