Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、金属3Dプリンター事業に新たに取り組む、JFEスチール株式会社のプロジェクトを全3回にわたってご紹介します。
第2回目となる本記事では、JFEスチールがどのようにして金属3Dプリンター事業を推し進める仲間と出会ったか、その極意と共にお伝えします。
>>1記事目:「設備産業の病院」へ!顧客視点でアイデアを飛躍



研究員が自ら足を運んだ展示会で、得られた発見
増岡さん:私自身は、この取り組みを始めた当初、研究員としてサステナブルマテリアル研究部(以降、サスマ研)にいました。そこでは、5人のグループのリーダーをしていました。JFEスチールの鉄粉事業の場合、本社に営業部隊がいて、お客様に会って「鉄粉の粒子径を大きくしたい」「潤滑剤を混ぜた鉄粉が欲しい」という要望を聞きます。 研究員は、営業からお客様のニーズを聞いて研究開発するので、研究所の中で研究開発に集中ができます・・・が、新規用途として注目した金属3Dプリンターは、普及期の新しいデジタル製造技術であるため、既存の鉄粉事業のお客様の中に金属3Dプリンターへ興味を持っているお客様がいるかわからず、お客様のニーズを聞くことが出来ませんでした。
そのため、先にも話した通り、展示会に自分で行ってどういった企業が金属3Dプリンターに興味を持っているか、金属3Dプリンター用の鉄粉へのニーズを聞こうと思ったのです。行ったら行ったで何を質問すれば良いかわからないため、中田さんに習いながら、聞いた答えをフィードバックしてもらって…それがとにかくしんどかったですね。
3Dプリンターの展示会は、東京・大阪、名古屋、福岡の4大都市を中心に3か月くらいのスパンで定期的に開催されています。それを全て回りました。お客様全員にはあたれないので、どの都市でも出展している企業や出展ブースに必ずいる説明員など、金属3Dプリンターに対してモチベーションの高そうな方にあたりをつけて声をかけ、金属3Dプリンターに高い興味を持っているお客様の情報を収集しました。 オンライン展示会もありましたが、実際に現場に行って会話をしないと有益な情報は得られないですよね。 そのためSony Acceleration Platformの支援を受けてからの2年間は、必ず展示会に行って全ブースを周っていました。
新規事業あるあるかと思いますが、金属3Dプリンターの鉄粉開発は、私のグループが担当する業務の一つで、 それ以外の仕事もやらなければならないのでリソースが足りない。
しかも私は研究員なので、論文や特許の原稿を執筆したり学会報告をしたりする経験はありましたが、営業のような動きは私にとって経験がなく、ルールが違い土地勘もありませんでしたので、特に大変でした。
一方で、気づきも得られました。展示会に行くとどこのブースに行っても、とても複雑な形状の部品が格好良く展示されていたのです。「金属3Dプリンターでは、こんな難しい形状のものが作れます!」とでもいうように。ただ、どこにも実際の現場で使われている部品の展示はありませんでした。どの企業も口を揃えて「金属3Dプリンターは今後普及する」と言っていましたが、「普及した」と言っている企業は、まだ日本にはいないという現状が把握できました。
そのため、自社の製鉄所設備の交換部品として金属3Dプリンターで造形した部品を適用する取り組みを紹介し造形部品実物も展示すれば、お客様が集まりJFEの魅力をPRできると思ったのです。 まして、鋼板を高温ですごい速さで流すような激しい製造をする設備部品の一時的な交換部品として、金属3Dプリンターの部品を使おうとしているということは、「金属3Dプリンターは非常に有用な技術なの!?」とお客様も期待されるのではないかと思いました。
私たちJFEスチールは、2023年から展示会に出展し始めて、2024年には2回目の出展をしました。1回目は、JFEエンジニアリングの「金属3Dプリンターの受託造形サービスを行っています 」という展示しか出せませんでしたが、2回目は、JFEスチールの「金属3Dプリンターで造形した部品を製鉄所設備に取り付ける予定です 」という展示とともに実際に造形した製鉄所設備部品の展示を行いました。
すると期待通り、集まってくる人がぐっと増えました。実際その展示会から商談に繋がるようにもなりました。まだ手探りではありますが、着実にニーズに捉えられてきている実感がありました。

JFEグループ横断で3Dプリンター事業に取り組む意味
増岡さん:特に日本の企業の特性かもしれませんが、金属3Dプリンターで造形したものが本当に匠の人たちの従来の工法で作った部品と同じ寸法で作られていて、同じ性能を有しているのか 心配されます。確かに、金属3Dプリンターは一長一短あるので、それを把握して使っていかなければいけません。次にそこがひとつのポイントになります。
JFEスチールでは、製造した鉄鋼材料に対し、自動車や船舶など使用環境を考慮した強度試験や耐久性試験など数多くの試験をグループ会社であるJFEテクノリサーチで行った上でお客様へ出荷します。金属3Dプリンターで造形した部品も前述の試験機をそのまま使うことで性能を調べ、「大丈夫である」と示すことができます。2年目の展示会からは、金属3Dプリンターで造形した部品の品質評価サポートも含めて展示しました。
「(金属3Dプリンターで)部品を造形してみたい」というお客様には、金属3Dプリンター装置を保有しているJFEエンジニアリングで部品を造形し、更に「造形した部品の品質は大丈夫か」というお客様には、様々な評価サービスを提供しているJFEテクノリサーチで品質評価を行う・・・というところまでが、今提供しているサービスです。

そこで金属3Dプリンターで造形した部品 の方が実部品に比べ80点や70点という結果が出た時が、私たちJFEスチールのスチール研究所の出番だと思っています。それを100点、150点にするような鉄粉を研究開発できれば、それはもう金属3Dプリンターで受託製造をするだけの企業にはできないサービスですし、金属の知識を有するJFEスチールにしかできない優位性になると考えています。
JFEスチールは、なぜ新規事業を生み出すことができたのか
中田: JFEスチールさんは、まさに新規事業の課題解決の”あるある”を体現されている感じがします。
今回のJFEスチールさんのケースでは、「事業開発は、さまざまなことを同時並行で行わなければいけないので、生み出した商品が世の中に出た際に、きちんと世の中で使われるような体制を考えていきましょう」というアドバイスを出発点として、「それならば、JFEグループ内のリソースを活用したワンストップのソリューションを提案したら良いのではないか」という段階まで、構想が広がりました。すると、あとから出てきたワンストップソリューションの構想が先に形になったので、そちらのスキームを実現するための開発に着手し始めました。元々構想していた金属3Dプリンター用の鉄粉の研究開発は、後々出来上がり次第ワンストップソリューションのスキームに乗せることで、その事業のバリューがアップするという流れに変わりました。
一般的に新規事業開発で陥りがちなパターンとして、一つのことに注力していたところ、うまくいかなかったらやめてしまい、それで新規事業がストップしてしまうということがよくあるのですが、JFEスチールさんの場合は、多方面から試行錯誤して、実現可能なプロセスを積み重ねた結果、「あとは自分たちのオリジナルの鉄粉ができるのを待つだけ」という状態になっていますよね。しかもグループ横断の強みを組み合わせたソリューション自体に価値があるので、きちんとビジネスとして成立しています。
今後の事業拡大の構想についても、私自身増岡さんのお話を伺っていて、すごくイメージが沸きました。大きな金属3Dプリンターもそれほど多くのところには置けないので、JFEの工場に置いてあれば工場一帯をその拠点で直すことができるし、グループ内だけで金属3Dプリンターがフル稼働していないなら、町の工場や他のたくさんある工場地帯の修理をJFEで受ければよい。そうすれば、本当にJFEの3Dプリンターサービスが365日24時間稼働している状態になり、地域をお助けできるし、売上としても成立するので、良いスパイラルができます。
増岡さんがお話しされていたように、日本社会の高齢化などが起因となっているのであれば、他の地域にこのサービスを展開していくこともできそうです。
増岡さん:金属3Dプリンターの普及は、欧米が進んでいて日本は遅れています。
金属3Dプリンター装置は欧米にもたくさんあって受託造形をやっていますが、他国にノウハウを出すことに日本のエンジニアには障壁があるので、それならばもうJFEが受託造形サービスや品質評価を行うことの意義は非常に大きいと私は思うのです。

”本気の人”を味方に!パートナーと繋がる
増岡さん:先ほどお話したJFEエンジニアリング(金属3Dプリンターで受託造形を行う会社)とJFEテクノリサーチ(品質評価を行う会社)との三社連携出展を行ったところ反響が大きかったので、各社とも社内でも金属3Dプリンターに力を入れていこうという話になっており、展示会出展は社外だけでなく社内的にも効果が非常に大きかったです。
中田:新しいことを始めるのって単純に工数が増えると思われるので、ネガティブな意見も最初は出ますよね。
増岡さん:そうですね。金属3Dプリンターという新しいデジタル製造技術で造形した部品が、評価対象となりますが、評価する設備は今までと同じ設備を使いますし 、評価基準も既存製品と3Dプリンターで造形した製品とで遜色ないということを証明するだけなので、新たな評価設備を用意する必要がないというのも分かってくれました。この取り組みは、新しいお客様を獲得する活動であることを理解したら、強い味方になってくれました。
JFEテクノリサーチは、鋼板の研究をしている時から繋がりが深かったため 、私個人のコネクションで仲が良い人を捕まえて、まず展示会の説明員をやってほしいとお願いしたのが協業のきっかけなのですが、JFEエンジニアリングは、おかしな話ですけど、展示会で情報収集している時にJFEエンジニアリングが出展していて金属3Dプリンターの受託造形事業を行っていることを知り驚きました。説明員の方がものすごく熱意を持った方で、その方と協業しようと話をしたのがきっかけです。
中田:それは、足を運んだからこその出会いですよね。
増岡さん:そうですね。やはり、JFEスチール一社だけで全部できるわけではありません。テレビに液晶や有機ELといった方式があるように、金属3Dプリンターにも方式があります。普及期の金属3Dプリンター業界において、 どの方式が覇権を取るか、今争っているような状況なのですが、A方式であればJFEでできるけど、B方式だと装置自体がないので他社と組まなければならないといった具合です。
そういう時は、他社と組んでいるのですが、このパートナーを見つけるのも展示会に足を運んで、いつもいる企業、その企業の中でも熱く語っている人を探します。そのような人たちの中には、人口減少や高齢化といった社会課題に対し、金属3Dプリンターはその課題を解決することができると本気で考え、新規事業として金属3Dプリンターの普及に真摯に取り組んでいる人がいます。このような本気の人を見つけることがとても大切ですね。


次回は、新規事業開発を持続可能なものにすべく、再現性のある組織作りについてお伝えします。お楽しみに!