Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。
本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回ご紹介するのは、カシオ計算機株式会社が、新規事業提案プログラムを通じて生み出したサウナー専用腕時計「サ時計」です。この製品はどのようにして生まれたのか。
前編では、プロジェクト立ち上げからコンセプトの確立までの開発秘話に迫ります。



■“サウナらしさが感じられる時計”を追求
―― 山田さんの経歴や現在の業務内容を教えてください。
山田さん: 2020年にカシオ計算機に新卒で入社し、時計内部の構造設計に取り組んでいました。大学は工学部機械科だったのですが、カシオのインターンシップに参加した際に、穏やかな職場の雰囲気や仲間を大切にする社風に惹かれて、当社を志望しました。兄からもらった「G-SHOCK」を使用していたこともあり、元々カシオへの親しみがあった点も大きかったと感じています。
入社2年目に社内の新規事業提案プログラム「IBP(Idea Booster Program) 」に参加し、サウナー(サウナ愛好家)専用腕時計「サ時計」の事業開発、製品開発を進めてきました。
――「サ時計」とは、どのような製品なのでしょうか?
山田さん:サ時計は、サウナでも使用することのできる「サウナー専用腕時計」です。一般的には、サウナに5~12分、水風呂に1~2分、外気浴(休憩)に7分以上、これを3セットほど回すと「ととのう(リフレッシュする)」と言われています。
サ時計は、これを前提として、12分計のサウナモードと通常の時計である時刻モードをワンプッシュで切り替えることができる設計にしています。性能としては、腕に着けた状態で100℃以下のサウナで15分使用できる耐熱性と5気圧防水機能も有しています。また、ユーザーが火傷をしないように外装は樹脂部品で構成し、唯一金属を使用しているねじは、肌に当たりにくいような設計工夫をしています。デザインはロッカーキーをモチーフとしており、特徴的かつキャッチーで“サウナらしさが感じられる時計”を追求しています。

■きっかけは、ブームの中で見つけた「サウナーの悩み」
――サウナー専用腕時計という新規事業のタネは、どこから生まれたのでしょうか?
山田さん:当時はサウナブームが到来し始めた頃で、「メガネを外して入るため時間が分からない」「故障するかもしれないが、自己責任で腕時計をサウナに持ち込んでいる」という人たちがいることを知り、それであればサウナで使えることを保証した製品をカシオから出したいと思ったんです。そして、上長に「サウナ時計を作ってみたいです」と提案したところ、IBPを紹介してもらいました。
――Sony Acceleration Platformは、どのような形で関わってきましたか?
塚谷:もともとIBP全体の支援をさせていただいており、その中でサ時計チームにも関わるようになりました。IBPは、大きく3ステップで構成され、次のステップに進むためには社内審査を通過しなければいけません。全てのステップを通過して初めて新製品・サービスを市場に展開できる流れになっています。山田さんをはじめとしたサ時計チームの皆さんには、新規事業開発やマーケティングに関する研修、課題解決に向けたアドバイスなどを提供しながら、プロジェクトの伴走をさせていただきました。
山田さん:私自身ビジネスパーソンとしての経験が浅く、理系出身だったこともあり、マーケティングや事業計画策定において、考え方の整理や視点の提供など、Sony Acceleration Platformの皆さんに多くの示唆をいただきました。プロジェクトを通じて、本当に心強かったです。

■初期段階でビジネスモデルを大きく方向転換
――事業開発の初期段階では、どのようなビジネスモデルを描いていましたか?
山田さん:当初は、サウナ施設をターゲットとしたB to Bでの事業展開を考えていたんです。ロッカーキーと腕時計が一体となった形で導入していただくイメージだったのですが、調査の段階で大きな壁にぶつかりました。
当社とサウナ施設では、これまでビジネスでの接点がなかったため問い合わせをしても、なかなか話が進展しなかったんです。B to Bのビジネスモデルの難易度の高さを痛感し、そこで一般販売に舵を切りました。サウナーの方々にアプローチをすると興味を持ってくださる方が多く、アンケートやヒアリングなどの調査も一気に進みました。
塚谷:私たちからもB to Cへの切り替えをアドバイスさせていただきましたが、こういった周りの意見と現状を率直に受け入れて方向転換する柔軟な考え方が素晴らしかったと感じています。
――最初の調査では、サウナーの方々からどのような声が寄せられましたか?
山田さん:「欲しい!」と言ってくださる方がいる一方で、「安価な時計を使っているから、それでいい」「価格が高ければ買わない」など、厳しい声もいただきました。今振り返ると、デザインや機能が定まっていなかったため、サウナーの方々もイメージが沸きにくかったのだと思います。加えて、社内の審査でも「壊れても良いと割り切って安い時計を使っている人たちが、わざわざ専用の時計に買い替えてくれるのか」という懸念が出てきました。
――ビジネスモデルの課題や、調査や社内からの厳しい声など、初期段階でも大きな困難に直面しているかと思います。諦めるという考えは浮かびませんでしたか?
山田さん:G-SHOCKなどの革新的でタフな製品を生み出してきたカシオだからこそ、サウナで使えることをしっかりと保証し、お客様の期待を超える製品や価値を提供していくべきだと思いました。
塚谷:山田さん自身が「サ時計」を欲しかったという部分も、あきらめなかった理由の一つではないですか?
山田さん:そうですね。プロジェクトの最初から最後まで大変なことばかりでしたが、やはり自分が欲しいという想いは、継続する原動力の一つだったと思います。そして、仲間の存在も大きかったですね。初期は、時計の外装の設計を担当していたサウナ好きの同期と二人でプロジェクトを進めていましたが、一人ではなく、仲間がいることで楽しみながら課題解決に取り組めたと感じています。そして、カシオだからこそやる意義があるという点をしっかりと伝え、最初の審査を突破しました。

■溢れ出るアイデアと意見で迷走
――STEP2からは、どのような形で事業開発を進めていきましたか?
山田さん:まずはサ時計のアイデアを目に見える形にするため、同期のデザイナー(サウナ好き)の仲間が加わりました。そこから仕様を決めていくことになるのですが、社外調査やチーム内でのブレストを進めると、いろいろなニーズやアイデアがどんどん出てきてしまい……なかなか収集がつかなくなっていきました。欲しい機能を盛り込んでいくと、見た目がスポーツウォッチのようになってしまい……。デザインとしても新鮮さがなく、「サウナ時計なのに、どうもサウナらしくない」と、正直かなり迷走していました。
最終的には、サウナー専用腕時計という原点に立ち返り、サウナ室の中にある12分時計をイメージしたデザインと設計にシフトし、機能もサウナで本当に必要なものだけに絞り込んでいきました。
塚谷:「本当に求められているものを追求する」というのは、初期からお伝えしてきたポイントではありましたが、12分時計のアイデアが出てきた時は、私としても「そうきたか!」という驚きがありました。一方で、シンプルであるがゆえに経営層の皆様に納得していただくのは、なかなか難しいかもしれないなとも感じていましたね。
山田さん:塚谷さんのご懸念の通り、ここでも承認を得るのは簡単ではありませんでした。しかし、サウナー専用に特化している点に加え、アンケートなどによる定量的なデータも交えて説得力を高めながら提案することで、何とかSTEP2の審査もクリアすることができました。
塚谷:年齢層に関するデータは、大きな決め手の一つとなりましたよね。
山田さん:そうですね。サウナーは20代、30代の若い人が多い傾向にあります。一方で、G-SHOCKなどのカシオの腕時計の主力製品は40代、50代など年齢層が高くなっています。「サ時計」は、これまでカシオが十分にリーチできていなかった層に、新たにアプローチできるポテンシャルを持っている点をアピールしました。
山田さんへのインタビューを進める中で、「サ時計」の魅力や初期の開発秘話などが明確になりました。
しかし、この後もコストと利益の確保という大きな壁が立ちはだかります。
難局をどう乗り越えたのか。続きは、後編でお楽しみ下さい!