Sony Acceleration Platformは2022年8月より、革新的なテクノロジーをもつスタートアップに投資しビジネスをサポートするSony Innovation Fund(SIF)と協業し、SIFの投資先スタートアップ企業に支援提供を開始しました。Sony Acceleration PlatformとSIFはこの協業により、有望なイノベーションを育み、豊かで持続可能な社会を創り出すことを目指しています。
本連載では、SIFの国内投資先スタートアップ企業をご紹介してきましたが、今回初めて海外の投資先スタートアップをご紹介します。アメリカのBastion社の共同創業者 兼 CEOのNassim Eddequiouaqさん、ソニーベンチャーズ株式会社シニアインベストメントダイレクターのLudovic Copéréの対談インタビューをお届けします。


分断された金融システムを繋ぐステーブルコイン
――まず、Bastion社の事業概要を教えてください。
Eddequiouaqさん:私たちBastion社は、企業や金融機関が「ステーブルコイン」を安全かつ簡単に自社のビジネスに導入するための支援を行う金融インフラ企業です。具体的には、企業が自社ブランドのステーブルコインを発行するところから、それを安全に管理・保管するウォレット機能、そして、お客様が持っている現金をデジタルマネーに交換する仕組みまで、必要なツールをすべてAPI(システム連携の仕組み)という形で提供します。こういったものを各社がゼロから実現するには、技術的な開発はもちろん、準備金の管理、非常に複雑な金融規制とマネーロンダリングの対策などの専門知識やライセンスが必要となり、非常にハードルが高いです。
私たちは、その一番大変で複雑な部分を、すべてインフラとして提供します。
設立当初から、単なるスタートアップではなく金融機関の構築を目指しており、米国の送金業者ライセンスの取得を進めるなど、セキュリティとコンプライアンスを最も重視しているのが特徴です。
――「ステーブルコイン」とは、どのようなものなのでしょうか?
Eddequiouaqさん:ステーブルコインは、価格の安定性を目指して設計されたデジタル通貨の一種です。ブロックチェーン上に流通する暗号資産であり、一般的には米ドルなどの法定通貨と価値が連動するように作られています。
現在の金融システムは、銀行などが担う伝統的なシステムと、ブロックチェーンベースの新しいシステムに分断されています。私たちがステーブルコインに注力しているのは、この両者の間に立ち、それらを安全かつシームレスに繋ぐことができる唯一の「中立的で信頼された決済手段」だと信じているからです。
私たちは、ステーブルコインを単なる暗号資産の一つとしてではなく、プログラムが可能でグローバルに機能する新しいお金の枠組みと捉え、銀行口座を持つ・持たないに関わらず、誰もが最高の金融サービスにアクセスできる未来を実現するためのものだと考えています。

課題解決への情熱とブロックチェーンが導いた、金融インフラ構築への道
――これまでのキャリアを教えてください。
Eddequiouaqさん:学生時代は医学部だったのですが、すぐに自分には向いていないと気づきました。物事を丸暗記するのが本当に苦手だったのです。私が本当に情熱を注げるのは問題解決でした。特にセキュリティという分野は、私にとって非常に興味深いものでした。
セキュリティとは、いわば悪意のある攻撃者との知的なゲームです。彼らがどうシステムを悪用しようとするかを常に予測し、その一歩先を行くシステムを構築する。このプロセスが最も知的でやりがいのある挑戦だと感じ、この道に進むことを決めました。
それからは、PKI(インターネット上で安全な通信を行うための仕組み)など、システムにおける信頼をどう管理するかに取り組んできました。
――業界全体から見ても非常に早い段階でWeb3(ブロックチェーン)の世界に飛び込んでいます。当時、この技術に何を見出していたのですか?
Eddequiouaqさん:ブロックチェーンには学生時代から触れており、実は学校には内緒でビットコインのマイニングをしていたほどです。当時はまだビットコインくらいしかユースケースはありませんでしたが、私はこの分野の「トラスト・マネジメント(信頼管理)」という概念に惹かれました。ブロックチェーンとは、本質的には「グローバルな信頼管理プラットフォーム」です。価値、通貨、アイデンティティといった現代社会の根幹をなす信頼を、既存のどの企業が提供するものよりもはるかに簡単かつ効率的に管理できる可能性を秘めているのです。
――Bastion社を創業した理由を教えてください。
Eddequiouaqさん:スタートアップであるAnchorage社で機関投資家向けの暗号資産管理のインフラを構築した後、Meta社のデジタル通貨プロジェクト「Libra」に参加し、ブロックチェーンの技術をグローバルに普及させようとしました。私自身、家族がフランスとモロッコにおり、人生を通じて海外送金の非効率性と高額な手数料に苦しんできました。ですから、24時間365日、1セント未満で送金できるシステムは、世界中の人々の生活を根本から変える力があると確信していました。
――しかし、最終的にLibraプロジェクトは頓挫してしまいました。
Eddequiouaqさん:はい。Libraプロジェクトでの最大の気づきは、世界をより良い金融サービスで変革したいと願う人々や企業が、それを実現するためのインフラを持っていないという現実です。私たち自身がそうでした。世界最大の企業リソースを使って、100人近い優秀なエンジニアが何年もかけて取り組んだのにもかかわらず、そのインフラを構築することは叶いませんでした。
Bastion社を創業したのは、この課題を解決するためです。Meta時代に私たちが喉から手が出るほど欲しかった「世界を変えたいと願う企業が、それを簡単かつ安全に実現できる金融インフラ」を自分たちの手で構築しようと決意しました。

――SIFは、Bastion社のどこに注目していますか?
Copéré:ポイントは3点あります。

1つ目は、金融インフラ構築への明確な使命です。
Bastion社のプラットフォームは、ステーブルコインやトークンといった最新技術を活用し、従来のお金の流れを根本から変革することを目指しています。これにより、顧客はお金をソフトウェアコードのように扱い、プログラムすることが可能になります。これは従来では考えられなかった全く新しい可能性を生み出すと同時に、Bastion社のインフラがそのワークフローにおいて極めて重要な役割を担うことを意味します。このインフラの構築と改良を進める上で、同社がセキュリティやコンプライアンス、拡張性を最優先する明確なアプローチを取っている点や、高速な開発サイクルを繰り返している点も高く評価できます。
2つ目は、優秀なチーム構成です。
Bastion社は製品にWeb3の最新技術を活用していますが、その顧客は主にWeb2の世界(従来のインターネット業界)に属しています。私たちがBastion社と出会ったのは同社の設立から間もない2023年のことでしたが、銀行業務、財務、金融規制など既存の金融システムと、次世代のWeb3の両分野に精通した一流の人材が続々とチームに加わっています。彼らが今後の成長を牽引していく姿は、非常に心強く感じられます。
3つ目は、市場参入戦略と事業拡大の可能性です。
Eddequiouaqさんのリーダーシップのもと、同社は大企業に具体的かつ実行可能で明確なビジネスメリットを提供する、業界最高水準のステーブルコインの発行・保管・連携・自動化に関するサービスの立ち上げに全力を注いでいます。この明確な市場参入戦略は、Web3スタートアップでは非常に稀です。さらに同社が将来的に、関連する他のデジタル資産へとサービスを拡張できる可能性があることも評価しています。これにより既存顧客と新規顧客双方における地位をさらに強化できると考えています。
ステーブルコインが起こす「AI級の最適化」
Copéré:Bastion社はステーブルコインのインフラに特化していますが、お金を扱うインフラは、規制やコンプライアンスのハードルが非常に高い最も困難な道です。なぜあえてそこから始めたのですか?
Eddequiouaqさん:他の多くのスタートアップが、規制の少ないNFTやアプリケーションといった「手っ取り早い成功」に向かう中で、私たちは設立初日に送金業者ライセンスの取得とコンプライアンス体制の構築という、最も地味で時間のかかる作業から始めました。なぜなら、自分たちのビジネスを「インフラ構築ビジネス」であると同時に、「信頼構築ビジネス」だと定義しているからです。私たちがサービスを提供する顧客は、Web 3のプロトコルではなく、現実世界の企業や機関投資家です。彼らが未来の金融システムに移行するためには、何よりも信頼できる入口が必要です。そのために、最初に最も高いハードル(セキュリティ、コンプライアンス、ライセンス)をクリアすることを選びました。
Copéré:多くの企業と対話する中で、ステーブルコインに対する市場の反応をどう感じていますか?
Eddequiouaqさん:市場は明確に2つのカテゴリーに分かれています。そして重要なのは、ステーブルコインはすでにプロダクトマーケットフィット(PMF)を達成したということです。もはや試行錯誤の段階ではありません。
第1のカテゴリーは、金融サービスや決済に特化、あるいは関連している企業です。これらの企業とは、もはやステーブルコインとは何かといった啓蒙的な会話は不要です。彼らは、自社のビジネスをグローバルに拡大するためにステーブルコインが不可欠であることを完全に理解しており、「いつローンチするか」「タイムラインはどうだ」といった、導入に向けた現実的な会話をしている状況です。
第2のカテゴリーは、決済や財務管理が事業のサポート機能である、より伝統的な企業です。これらの企業に対しては、まだ啓蒙活動が必要です。しかし、彼らこそがステーブルコインによって莫大な恩恵を受ける可能性があります。例えば、物理的な商品を扱っていて利益率が低いビジネスを想像してみてください。彼らにとって、決済の非効率性を改善してコストを2%〜3%削減できることは、単なるコストカットではなく、ビジネスモデル全体を根本から再構築できるほどのインパクトを持ちます。場合によっては、その改善幅が彼らの営業利益率そのものよりも大きいことさえあるのです。
これを私たちは「AI級の最適化」と呼んでいます。世界中の拠点で何千人もの人々が手動で行っていた台帳管理や照合業務が、ブロックチェーンを使うことでコストを90%削減できる可能性さえある。この変革を手助けできることに、私たちは非常に興奮しています。



Bastion社がソニーと描く未来
――日本市場の可能性をどう見ていますか?
Eddequiouaqさん:金融機関、テック企業、そして物理的な製品やIP(知的財産)をグローバルに扱う伝統的な企業まで、あらゆるタイプの企業から非常に強い関心が寄せられています。
特に日本は島国であり、常に輸出入、つまりお金の出入りが発生しています。このグローバルな資金移動の非効率性を、ステーブルコインは劇的に改善することができます。
Copéré:最後に、SIFとの連携には何を期待しますか?
Eddequiouaqさん:私たちのようなB2Bスタートアップにとって、SIFのようなコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)とのパートナーシップは、単なる資金調達以上の極めて戦略的な意味を持ちます。私たちが求めているのは、閉じたWeb 3コミュニティ内のネットワークではなく、ソニーグループのようなグローバルな展開力を持つ現実世界の企業へのアクセスなのです。
ソニーは、ゲーム、IP、半導体など、世界中に多様なビジネスを展開しています。それらの事業において、例えば「世界中のクリエイターへの支払いをどう効率化できるのか」や「ハードウェア販売のグローバル決済をどう最適化できるのか」など、ステーブルコインがどのように貢献できるのかなど、SIFのおかげで単なる表面的な会話ではなく、製品戦略などビジネスの核心に触れる深い対話ができています。このパートナーシップを通じて、具体的なイノベーションが実現できることを非常に楽しみにしています。
