Sony Acceleration Platformは2022年8月より、革新的なテクノロジーをもつスタートアップに投資しビジネスをサポートするSony Innovation Fund(SIF)と協業し、SIFの投資先スタートアップ企業に支援提供を開始しました。Sony Acceleration PlatformとSIFはこの協業により、有望なイノベーションを育み、豊かで持続可能な社会を創り出すことを目指しています。
本連載では、SIFの国内投資先スタートアップ企業を1社ずつご紹介します。各スタートアップ企業の知られざるストーリー、今注力するビジネスとは?スタートアップ企業の軌跡と未来に迫ります。
今回は、株式会社ウタイテ 代表取締役 倉田 将志さん、
ソニーベンチャーズ株式会社 インベストメント ダイレクター 松島 弘の対談インタビューをお届けします。


2次元と3次元の両輪でコンテンツを発信する、2.5次元IPの魅力
――まず、株式会社ウタイテの事業概要を教えてください。
倉田さん:当社は2.5次元IP(キャラクター)を主軸に事業を展開しています。この「2.5次元IP」とは、動画配信やSNSなどで2次元キャラクターを使って音楽活動をしているタレントが、生身の姿でリアル(3次元)でもライブなどを行う活動スタイルです。多彩な才能を持つタレントが所属する事務所であると同時に、コンテンツIPを利用したグッズ制作やライブの運営といったライセンス事業まで手掛けている点が当社の特徴です。さらに、その周辺に携わるイラストレーターやボカロP、動画編集クリエイターなどを含めたクリエイティブサポートを行っています。
――どのようなミッションを掲げているのでしょうか?
倉田さん:私たちは「心が躍る感動を、世界へ」のミッションのもと、まずは日本でさらに歌い手界隈を盛り上げ、グローバルへと展開していくことで、新時代を代表するエンターテインメントカンパニーを目指しています。2.5次元、特に「歌い手」というジャンル自体が日本独自の文化であり、グローバルでナンバーワンを取れる分野だと考えています。社名に関しても、私たちの事業の中心である「歌い手(ウタイテ)」をそのまま冠し、歌い手市場全体を活性化させていくという決意表明を込めました。
2社目をM&Aしたのがちょうど30歳の時だったのですが、その頃から、自分よりも若い20代の方々がVTuber市場に参入し、成功している様子を目にするようになりました。エンタメ業界に遅れて到来したインターネット化の潮流に、大きなマーケットの成長を感じたことを覚えています。何か自分にも挑戦できることはないかと調べる中で出会ったのが「歌い手」業界でした。VTuber業界と比較すると市場がまだ確立されておらず、自分達にしか出来ない形で、新たなクリエイターサポートの形が作れるのではないか、そして、これまでにはない新たな価値を打ち出せるのではないかと考えました。
歌い手業界に長くいらっしゃる方々と話したり、実際にライブに足を運んだりする中で、「これほど熱狂的なファンが集まっているのか」と業界の盛り上がりを肌で感じました。以前から思いのあったエンタメ業界に満を持して参入する3度目の起業として、長く事業に関わりながら自らの手で拡大していきたいと考え、IPO想定のもとウタイテ社を設立しました。
松島:倉田さんのおっしゃる「市場にないもの」を生み出すためには、元手となる資金やパートナーが不可欠です。業界の競合他社の中で、ウタイテ社ほど投資家を集められている会社はありません。株主はすなわちパートナーでもありますから、ウタイテ社を支えたいという意思を持つ方々の数も圧倒的に多い。その時点でも競合優位性があるといえると思います。
インターネットへと変化したニューウェーブの発信源
――ウタイテ社が参入する以前に、資金調達を積極的に行っているベンチャー企業が歌い手業界にいなかったのはなぜなのでしょうか?
倉田さん:これまでは、低予算でも起業・運営が可能だったことが最たる理由だと思います。タレントが自らYouTuberに近い感覚で運営できたため、そもそも経営者が経営を担っている会社すらほとんどありませんでした。
松島:ライブにはさすがに資金がかかりますが、巨額な元手は必要ありません。ゲームや映画といった他のエンタメ事業には制作に数百億円かかるものもある中で、2次元のキャラクターと歌を作り配信するというビジネススタイルであればチャレンジがしやすいため、そもそも資金調達の必要がなかったのでしょうね。
倉田さん:また、私たちが参入する以前の黎明期は、歌い手=アマチュアという認識だったと思います。今は逆にニューウェーブの発信源がインターネット中心になってきており、紅白歌合戦の初出演アーティストの顔ぶれを見てもわかるように、新たに台頭する人の多くが歌い手界隈から生まれているといっても良いかもしれません。VTuberのマネジメント事務所の数千億規模での上場などもあり、そうした業界の勢いを投資家やレーベルが理解されてきたように思います。
これはあまり認識されていないかもしれませんが、実はVTuber業界よりも歌い手業界の方が先に生まれているんです。ニコニコ動画がVTuberの原点なので、彼らの3分の1から半分ほどは歌い手のような活動を経験したことがあると言っても過言ではないように思います。ですから、歌い手がVTuber界隈のように盛り上がりを見せた可能性もあったはずなんです。
裏を返せば、当社のように資金調達してファイナンスして人材を採用して、という会社がなかったからこそ、そういった盛り上がりが生まれなかった可能性があると思っていて。その意味では、海外のプラットフォームに奪われた日本の文化の発信地をコンテンツを通して再び盛り上げることが、当社の使命の一つだと考えています。

伸長する市場での競合優位性と、企業価値をさらに高めるチーム力
――SIFとしては、ウタイテ社のどこに注目していますか?
松島:注目ポイントを大きく3つにまとめると、以下の3点になります。

松島:1つ目は、「打席」に多く立つことができるビジネスモデルであることです。エンタメ業界では、「打席に多く立てる方が有利」といわれています。私は以前ゲームの製作、セールス、営業に携わった経験がありますが、業界に長年身を置いている営業の方々でも、正確な売上予想を立てることは非常に難しいものでした。映画なども同様で、まだ世に出ていないコンテンツが実際にどれほど売れるかは本当に予測が難しいと思います。そう考えると、制作費は低い方がより多く打席に立てます。ウタイテ社のコンテンツはゲームほど製作費が必要ありませんし、多額の資金を調達されているので、さらにチャンスを広げることができるだろうと感じました。
倉田さん:費用もそうですが、コンテンツを出すまで期間もすごく短いです。音楽業界でアーティストを育成するには少なくとも数年を要するのに対して、この業界では1〜2年で武道館に行ってしまうタレントもいます。
スマホゲームなどと同様、マーケットはしばらく伸び続けると思いますが、この伸長が収束するにつれて、予算は上がっていくと思います。私たちが参入する以前の黎明期は、自分たちのお金を集めれば始められるような予算感だったため、タレント個人でも運営できていました。現在は、ある程度の事業拡大を目指すとなると億レベルの初期投資が必要な状況ですが、今後はそれが10億規模になっていくと思います。中長期的に見ると、すでにこの市場でポジションを確立できていることにまず優位性がありますし、投資いただいているパートナーの顔ぶれを見ても、多様な価値が集まる可能性を秘めており、大きな初期アドバンテージだと考えています。

松島:2つ目は、打席に立った後の打率を高めるためのプロが揃っていることです。ウタイテ社の事業メンバーには、いわゆるVTuber事業やネット上での音楽ビジネスの経験者が多く在籍されています。業界トップのクリエイターと経営メンバーの両輪が揃ったスタートアップですので、より高い成功率が期待できます。
倉田さん:ありがたいことに、エンタメスタートアップの中で最も業界経験者が集まってきているという手応えがあります。また、「エンタメスタートアップにはエンタメの人間しかいない」というイメージをもたれがちですが、当社は業界の枠組みにとらわれず人材を採用している点も一つの強みです。企画や発想においてはエンタメ脳が必要になりますが、事業を安定して前に進めるためには、ビジネスやコーポレートを担える人材も不可欠ですから。
松島:クリエイターのみならず、ビジネスやコーポレートの専門性をもつプロフェッショナルをどのように採用しているのでしょうか?
倉田さん:私自身が根っからのクリエイターだったり、長くエンタメ業界の経験があったりするわけではないことは、一つ説得力のある強みになると思っていて。クリエイターばかりの会社では、クリエイターでないと認めてもらえないとか、文化の違いで社内に溶け込めないということが起こり得るかもしれませんが、当社には多様な人材を受け入れる風土がありますし、似たキャリアの人がいることは安心材料になっていると思います。

松島:最後に3つ目ですが、技術協業による価値創造の余地があることです。ウタイテ社は良い意味で技術の会社ではないため、ソニーの技術を紹介する余地が多い。例えばコンテンツ製作だけではなく、ステージ上での演出なども同様です。ソニーグループ内の幾つかの部署にもすでにウタイテ社をご紹介させていただいています。ウタイテ社に無い部分を補えるような支援ができたらと考えています。
もしソニーの技術が、この業界でデファクトになったらソニー社員としても嬉しいですし、なによりそれでウタイテ社がエンタメ業界を盛り上げたら投資家としても嬉しいです。
クリエイターファーストが、「心踊る感動」の源泉
――ウタイテ社のマネジメントにあたり、大切にされていることはありますか?
倉田さん:これまでの起業経験で培ったノウハウは間違いなく活用できていますが、一方で新たな軸となっているのは、会社の方針の一つにも掲げている「クリエイターファースト」の面です。クリエイターの「やりたい」を叶えていくことに価値をおく会社であり、タレントが一つの基軸になっているため、そこに対するマネジメントは新たに学んでいる部分ですね。
松島:エンタメ業界の経験がない経営者で、最初からそういった発想を持たれていること自体がかなり珍しいと思いました。クリエイターを尊重し、チームでクリエイティブの限界に挑戦することに理解を持たれている経営者はなかなかいないのではないかと。
倉田さん:でも、本当にクリエイターが全ての中心なんですよね。彼らの意見を第一に取り入れずに、こちらの「こうしたい」「こうすべき」から始まってしまうと、全ての根底が崩れてしまう。正直なところ、マネジメントが一筋縄ではいかないタレントだっていますが、そういうクリエイターほど、企画力やファンを惹きつけるタレント性を持っていることもあるんです。そうした爆発力を持つ根っからのクリエイターがいる一方で、例えば数年かかる大型プロジェクトを計画的に進行していけるような論理的思考を持つクリエイターもいます。1ユニットの中にそうした多様なメンバーがいることが、私たちレーベルの非常にユニークで重要なポイントでもあると考えています。
――もう一つの方針として、「SpeedGrowth」を掲げていますが、スピードに対する意識はいかがでしょうか?
倉田さん:採用やファイナンス、経営の意思決定といった会社を前進させていくスピードは非常に意識しています。例えば、当社には成果を上げている社員に対して月単位で昇給させていく仕組みがあります。完全成果主義なので、入社したての社員であっても成果次第で3カ月後には月収が1.5倍になっている、ということもあります。
松島:それは……非常に魅力的な制度ですね。
日本のサブカルチャーを代表するエンタメスタートアップに
――今後の海外展開についてはどのようなビジョンを持っていますか?
倉田さん:投資家の視点に立って日本のスタートアップがあまり資金調達できていない要因を考えると、多くのスタートアップは内に閉じており、外へ展開するという発想や適応力に欠けることが一つ挙げられると思います。その上で、IPは海外展開で売上を伸ばす可能性を多分に有していると考えています。海外では基本的にアニメとセットでエンタメ市場ができているため、3次元ものよりも輸出のハードルは低く、特にアジア圏を見ると2次元のカルチャーはすでに醸成されています。
近年、日本政府がコンテンツ産業への出資を本格的に開始した背景としても、昨今のエンタメ業界の輸出規模が注目され、国内のエンタメ業界の振興をさらに支援していく方向へと舵が切られたものと考えます。これまでエンタメスタートアップがあまり生まれてこなかった背景には、そうした資金投入の要因も少なからずあるのではないかと考えると、今後有望なエンタメスタートアップが新たに生まれてくる展望も見えてくるように思います。
松島:海外展開について、具体的にはどのようなスケジューリングを見据えているのでしょうか?
倉田さん:まずはアジア圏の中国、韓国から展開していく想定です。まだ足元ですが展開し始めている事業もあるので、徐々に強化しつつ、およそ3年後には全体の売上に占める海外ビジネスの割合を10%以上にすることが目標です。
――最後に、歌い手業界、そしてウタイテ社の今後の展望をお聞かせください。
倉田さん:業界としては盛り上がりを見せているとはいえ、アニメのタイアップやCMなど、多く人の目に止まるシーンで歌い手界隈のアーティストが起用される機会はまだまだ多くありません。ある程度ファンを獲得していることが大前提となってくるため、さらに歌い手という存在をメジャーにしていく必要があると考えています。
また、当社においては2025年4 月、シリーズBにおける総額77億の投資ラウンドがクローズしました。これにより調達額は累計100億を超えましたので、さらなる事業拡大やM&A、採用も強化しながらグロースさせていきたいと考えています。
「投資家をはじめとした多くの人を巻き込む会社がマーケットに参入すること自体が業界の活性化につながるので、すごくありがたいです」というお言葉を、私たちの参入以前からインターネット文化を先導されてきた会社さんからいただいたことがあり、とても印象に残っています。歌い手が次世代のエンタメシーンを席巻する、大きなムーブメントの一翼を自分たちが担えることを実感しました。まずは日本を代表するエンタメスタートアップへと成長すること、それによって歌い手業界、さらには日本のサブカルチャー全体に貢献できるような組織になっていきたいですね。


連載「Sony Innovation Fund presents Remarkable Startup」では、今後も定期的にスタートアップをご紹介してまいりますので、お楽しみに!
※本記事の内容は2025年5月時点のものです。