Sony Acceleration Platformは2022年8月より、革新的なテクノロジーをもつスタートアップに投資しビジネスをサポートするSony Innovation Fund(SIF)と協業し、SIFの投資先スタートアップ企業に支援提供を開始しました。Sony Acceleration PlatformとSIFはこの協業により、有望なイノベーションを育み、豊かで持続可能な社会を創り出すことを目指しています。
本連載では、SIFの国内投資先スタートアップ企業を1社ずつご紹介します。各スタートアップ企業の知られざるストーリー、今注力するビジネスとは?スタートアップ企業の軌跡と未来に迫ります。
今回は、アスエネ株式会社 Founder & 代表取締役CEO 西和田 浩平さん、ソニーベンチャーズ株式会社 シニアインベストメントダイレクター 鈴木 大祐の対談インタビューをお届けします。


CO2排出量の見える化から削減、開示、保証までをワンストップで支援
――まず、アスエネ株式会社の事業概要を教えてください。
西和田さん:当社は、企業の脱炭素・ESG経営の複雑な課題に対し、多角的なサービスを提供しています。企業のCO2排出量を見える化・削減・報告するクラウドサービス「ASUENE」をはじめ、CFP※1/LCA※2算定サービス「ASUENE LCA」、ESG評価クラウドサービス「ASUENE ESG」、AI搭載のエネルギーマネジメントクラウド「NZero」、カーボンクレジット・排出権取引所「Carbon EX」など、CO2排出量の見える化から、CO2とコスト削減の両立、開示、保証までをワンストップソリューションで提供できる体制を構築しています。
※2 ライフサイクルアセスメント:工業製品や農業製品(またはサービス)が作られ、その役目を終えるまでに辿る一連の流れ(ライフサイクル)を評価や査定(アセスメント)すること

――アスエネ社のこれまでの歩みと、現在のビジネスモデルを構想した背景を教えてください。
西和田さん:当社は2019年に設立しました。ビジネスモデルを構想する上で意識したのは、大企業にはないスタートアップだからこそ発揮できる強みを持つことです。起業前に働いていた三井物産での経験を踏まえながら、環境問題の解決というテーマの中で、当社が発揮できる強みは“テクノロジー”と“スピード”だと考えました。そして、アセットライトでテクノロジーとスピードを最大限に生かせるビジネスモデルを絞り込んでいき、2021年に「ASUENE」をリリース。そこから、新たなプロダクトを毎年1つ以上リリースし、すべて順調に収益を伸ばすことができています。
おかげさまで、現在は導入企業が累計3万社を超え、CO2見える化サービス累計導入社数では国内ナンバーワンとなっています。また、先日TIME誌「World’s Top GreenTech Companies 2025」のBest 100に日本のCO2排出量見える化クラウド企業で唯一、選出していただけました。
――現在、特に力を注いでいる取り組みがあれば教えてください。
西和田さん:直近で特に注力しているのは、M&Aです。ここ1年で5社のM&Aを実施し、当社の拠点も世界6カ国に拡大しています。これによって、世界各国に拠点やサプライヤーを持つグローバル企業やサプライチェーン全体に対して、より充実した脱炭素に向けたワンストップソリューションを提供できるようになりました。今後もM&Aを実施していくことで事業をさらに成長させていきたいと考えています。
そして、トランプ政権となった現在、アメリカのクライメートテック※3スタートアップは資金調達が厳しくなっており、M&Aで米国の新たな仲間を増やす絶好のチャンスです。本来、日本のスタートアップ企業がアメリカで現地の優秀な人材を獲得することは非常に難しいため、今の状況はアメリカに進出する好機だと考えています。
加えて、AIの機能開発や機能実装にも起業初期から力を注いでおり、CO2削減・改善の提案や、複雑なイニシアチブ回答の自動作成など、業務の効率化を追求してきました。今年の2月には、幅広いAI技術の研究開発と活用から環境課題の解決に取り組む組織「ASUENE AI LAB(アスエネAIラボ)」を新設。今後もAIの機能を拡充し、将来的にはあらゆるワークを自動化していきたいと考えています。

大義を成すための仕組み化と圧倒的なスピード
――SIFとしては、アスエネ社のどこに注目していますか?
鈴木:アスエネ社のポイントは大きく3点あると考えています。

1つ目は、徹底したアジャイル思考と高いエグゼキューション能力です。先ほど、西和田さんからもアスエネ社の強みの一つとして“スピード”が挙げられましたが、ビジネスにおいて圧倒的なスピードを実現している理由がここにあります。検討から判断までのスピードはもちろん、そこからの遂行するスピードも非常に速いです。
売上が毎月億円単位で成長するような事業成長を示しており、すでに国内でCO2見える化サービスにおいて確固たる地位を確立できている背景には、この徹底したアジャイル思考と高いエグゼキューション能力があります。
2つ目は、高度な仕組み化とマネジメント力です。これは、1つ目の注目ポイントにもつながっていると思いますが、西和田さんとアスエネチームは営業やマーケティング、M&Aなどあらゆるアクションを仕組み化して、最適化・効率化することを徹底しています。そして、構築した仕組みを社員の皆さんに徹底してもらうためのマネジメント力にも長けていると感じます。
3つ目は、大義です。「次世代によりよい世界を。」をミッションに掲げ、本気で脱炭素社会の実現に貢献し、クライメートテック領域で世界のトップを目指す。この西和田さんが掲げた大義のもとに優秀な人材が集まり、同時にこの大義が全社員の原動力になっていると考えています。「何のために仕事をしているのか?」という問いに対して、共通の大義をもってワンチームでベクトルを合わせて動ける組織は、やはり強いです。

――SIFからの支援を受けるようになったきっかけや、サポートに対する印象をお聞かせください。
西和田さん:具体的に支援の話が進んだのは、スタートアップの大規模イベント「IVS2022 LAUNCHPAD NAHA」に登壇した後に、鈴木さんにお声がけいただいたことがきっかけでした。
鈴木:西和田さんがスピーチされている事業戦略や想いを聞いて、すぐに興味が湧きました。当時は今主力事業となっている「ASUENE」をリリースしてからまだ日が浅い時期でしたが、目覚ましい成長の芽があることを感じ、非常に印象的でした。また、この領域で日本の製造業にフォーカスしながら、海外展開も進めているスタートアップはほとんどなかったため、強く印象に残りました。
西和田さん:SIFの皆様にはさまざまなご支援をいただいておりますが、SIFには投資いただいた後にソニーグループでの「ASUENE」の導入にもご尽力いただき、感謝しております。新しい売上を作っていくための新規事業に関しても、SIFに良い人材を紹介していただいたことで、新規事業の立ち上げにもつながっています。ソニーにお客様になっていただいたことで、新たな日本の大手顧客の獲得にもつながったと思います。また、SIFファンドのLP※4投資家であるJICT※5の方をご紹介いただき、先日アメリカ企業のM&Aを共同で実行できる運びとなりました。
鈴木:JICTは、総務省によって設立された官民ファンドです。海外進出を事業戦略のひとつに掲げ、すでに大きな成果を上げているアスエネ社は、外貨を稼いで国益につなげるという点で目的が一致していると感じていたので、アスエネ社とのこうした共同事業の可能性を打診し、お引き合わせをさせていただきました。火力発電の燃料を海外からの輸入に頼り切っている日本にとって、エネルギー安全保障という点においても様々なエネルギー供給の確保は必要不可欠だと考えています。アスエネ社が脱炭素化を推進することは、単に脱炭素にとどまらず、日本のエネルギー安全保障の課題解決にもつながっていくと考えています。
※5 株式会社海外通信・放送・郵便事業支援機構
持続可能なビジネスでなければ、社会課題は解決できない
――そもそも、西和田さんが環境問題や脱炭素といった領域に関心を持ち、ビジネスとして取り組もうと思ったきっかけを教えてください。
西和田さん:環境問題に関心を持ったきっかけは、Mr.Childrenの桜井和寿さんや音楽プロデューサーの小林武史さんが結成した「Bank Band」です。ライブやCD販売の収益で環境系の団体に投資・融資をしていることをライブで聞き、音楽ビジネスを通じて社会を変革していく姿勢に刺激を受けました。
そこから、大学でビラを配って仲間を20人ほど集めて国際協力団体を立ち上げたんです。100万円ほど資金を集めて「開発途上国に行って課題を見つけて解決する」ためにインドやネパールに行きましたが、実際に現地に行くと課題だらけで……。持続可能なビジネスを築かなければ、大きな社会課題は解決できないことを強い実体験として痛感しました。
そして、数ある社会課題の中から環境問題について学び、地球温暖化という大きな課題を解決するためには、再生可能エネルギーの普及がカギを握ることを確信しました。そして、この分野に特に力を入れていた三井物産に就職しました。
――そこから起業に至った経緯をお聞かせください。
西和田さん:1つ目は、日本の脱炭素化に課題を感じたことです。三井物産で2012年頃から海外を中心に再生可能エネルギーやCO2削減の領域でM&Aや新事業の立ち上げを担当していました。当時、海外では再生可能エネルギーの価格が圧倒的に安く、日本はその10倍以上だったんです。世界と日本のギャップに危機感を持ち、起業を考え始めました。
2つ目は、2015年~2017年に三井物産と東京ガスがM&Aしたブラジルの企業Ecogen社に出向した時の経験です。私は、副社長兼CFOとして出向していた三井物産のエース上司の側近として働かせてもらいましたが、経営会議の意思決定の速さと、何よりも実行力がものすごく、それがすべて的中して事業が大きく伸びていきました。そうしたダイナミックな経営を間近で学び、自分も同じように大義に向けた経営にチャレンジしたいという想いが強くなりました。
365日メモを取り、自身の成長と仕組み化に生かす
――急速な事業成長をされていますが、これまでどのような課題を乗り越えてきましたか?
西和田さん:起業してから最初の1年はあらゆる業務を一人で行っており、ワクワクと不安が両立する毎日に没頭していました。事業戦略の立案、資金調達、営業、開発プロマネ、マーケティング・LP作成、採用活動、経理、総務など、すべて自分で行っていました。結果的にはこの経験がすごく良かったと思います。全て自らハンズオンで取り組んだことで、全業務の解像度が上がり、権限委譲するときも丸投げではなくポイントを理解しながら部分委譲することができ、最初の1年の経験がその後のマネジメントに存分に生かされていると感じています。
また、一人でものすごいスピードでタスクをこなしていく必要があったため、起業初期にスピードと生産性を高めるための本を数十冊読み、全て要約して徹底的に研究を行い、自らノウハウを言語化し続けながら蓄積しました。それらのノウハウをまとめたスピードメソッドは、現在社内のASUENE SPEED METHODとして型化して全社展開しています。
鈴木:スピードメソッドの展開は、まさに先ほどもお話しさせていただいた仕組み化のひとつですね。こういったご自身の学びや経験を仕組み化していく上で、心がけていることはありますか?
西和田さん:365日、学んだことやインプットしたことを必ずメモに残しています。毎日の面談でメモをとるのは当たり前ですが、夜の会食で話したことなどもその日か翌日には学びとして言語化し、経営陣にシェアしています。これは、仕組み化のベースにもなっていますし、自分自身やチームが成長し続ける上でも欠かせないと考えています。
この6年で事業を大きく成長させることができましたが、誰よりも私自身が会社の中で一番成長していると感じています。そして、私自身がさらに圧倒的に成長していかなければ、大きな社会的インパクトを創出できないですし、私やチーム全体の個が急成長しないと僕らが成し遂げたいことは達成できないため、さらなる挑戦と急成長を継続できる施策を実行していきたいです。
鈴木:西和田さんは、いつも真摯に向き合って対話をしてくださるので、いつも戦略のディスカッションをさせていただく時間は自分にとっても大切な時間です。きっと、社外の方々だけでなく、社内でも真摯に対話をしているからこそ、社員の皆さんからの信頼も厚いんだと感じています。

“急成長できること”が最大のインセンティブ
――この6年間で西和田さん一人から400名近くまで社員数が増えたかと思います。経営者として、社内のマネジメントやコミュニケーションにおいて意識的に取り組んでいることはありますか?
西和田さん:先ほどお話しした仕組み化は、起業当初から従業員が増えていくことを想定した取り組みでした。5人、10人の組織であれば、属人化した状態でも事業を伸ばすことはできますが、それ以上に大きな組織になっていくと、全員が一定水準以上のパフォーマンスを発揮できる仕組みが必要だと考えていたからです。
事例として、1年半ほど前に、経営会議やマネージャー会議で、戦略や事業の進捗、今後の方向性などを伝えても、メンバーレベルの社員の中から「社長が考えていることをもっと知りたい」という声が聞こえるようになってきたんです。
そこで、私が直接伝えることの重要性を再確認し、2024年からは月2回の1時間オールハンズミーティングを開催し、毎回30分はいま会社として重要な施策や課題を私が直接メッセージとして伝えて、社員とのQ&Aも行っています。社内でも好評で、アンケートをとっても良い結果が出ています。また、毎週月曜日に「Morning Memo」として全社メッセージも発信し、前週までの経営や営業関連のメッセージを発信しています。会社の成長フェーズにあわせて、こうした経営の仕組み・システムを導入していくことを常に考えて実行中です。
――社員の皆さんが、スピード感のあるビジネスを実践し続けられている理由はどこにあるのでしょうか?
西和田さん:裁量を持って仕事にどんどん挑戦することで、人は急成長することができます。そういった意味で、 “急成長できること”が当社のインセンティブになっていると考えており、高い成長意欲を持った人材が当社に集まってくれています。もちろん、成果を出せば、その分給与が増え、昇進にもつながる人事制度を導入しています。
最近定めた当社の人事ポリシーは「人の挑戦と急成長を加速させる」ことですので、個人が挑戦できる場をたくさん提供し、個人もチームも急成長できる好循環を作り上げたいです。
そして、鈴木さんからもお話しいただきましたが、大義も社員の原動力となっています。脱炭素で社会をより良い方向に変えたいという思いは全社で共通しており、それが競争力に直結していると実感しています。
鈴木:「脱炭素社会の実現」が西和田さんとアスエネ社の原点であり、この素晴らしい初心をこれからも忘れずに成長し続けていただきたいと切に思います。そして、信念がブレないことが、持続的な事業の成長に欠かせないと私は考えています。
――今後の目標や夢を教えてください。
西和田さん:2032年までに最速で時価総額1兆円を目指します。そして、将来的には脱炭素クラウド事業だけでなくサステナビリティデータや新エネルギーの領域で、グローバルナンバーワンとなりたい。
そのためにも、まずは一丁目一番地である日本の製造業や建設業などのグローバル企業のお客様に、より充実したソリューションを提供していくことで、付加価値と収益を高めていきたいです。そして、引き続きM&Aにも注力していき、オーガニックグロースとインオーガニックグロースの両輪で事業を成長させていきます。
鈴木:「2032年までに最速で時価総額1兆円」を目標に掲げている理由を教えてください。
西和田さん:本当に社会を変え、脱炭素化や社会の産業変革を実現していくためには、大きな影響力が必要です。日本では約200社存在する1兆円規模の企業となると、社会になくてはならないインフラ的な存在になっていきます。そうなることで初めて、社会的なインパクトを生み出せると考えています。
鈴木:時価総額1兆円も、あくまで大義を達成するためのマイルストーンのひとつということですね。
西和田さん:そうですね。同じ志を持った仲間と一緒に世界中のお客様の期待に応え続け、「脱炭素社会への産業変革」を実現するという大義を必ず実行したいと思っています。


連載「Sony Innovation Fund presents Remarkable Startup」では、今後も定期的にスタートアップをご紹介してまいりますので、お楽しみに!
※本記事の内容は2025年9月時点のものです。