Sony Startup Acceleration Program (SSAP)によるオリジナル連載「大企業×新規事業 -Inside Stories-」は、SSAPの担当者が大企業内の新規事業組織のトップにインタビューする企画です。
今回インタビューしたのは、JR東日本グループのCVC(Corporate Venture Capital)であるJR東日本スタートアップ株式会社(以下JR東日本スタートアップ)。ここでは、一般のスタートアップ企業のアイデアや技術とJR東日本グループの経営資源を繋ぎ、実証実験や事業化をサポートしています。
JR東日本スタートアップの代表取締役社長 柴田 裕さんが語る、会社設立の秘話やスタートアップ企業との共創に挑む理由とは?社会インフラを持つJR東日本だからこその"強み" と、その裏腹にある"苦労"とは?
これまでに92件のPoC(実証実験)を行い、そのうち41件を事業化してきたJR東日本スタートアップのリアルに迫ります。
社会インフラを持つ大企業ならではの"危機感"
――早速ですが、JR東日本スタートアップはどのようなきっかけで作られた会社ですか?
JR東日本スタートアップを設立した最大の理由は「オープンイノベーションを本気で進めていくため」です。設立したのは2018年2月、JR東日本グループがグループ経営ビジョン「変革 2027」を発表した、まさにその年でした。
日本で人口減少が進んでいくと言われている中、それに比例して社会インフラの需要や利用される頻度が減ることが予想できます。東日本の社会インフラを基盤に事業を展開するJR東日本グループには強い危機感がありました。このまま自前主義で事業を展開していては時代に取り残される。外部との連携などを思い切って進める必要がありました。そこで重要視されたのが「オープンイノベーション」。外部、それも特に有望なアイデアや技術を持つスタートアップ企業との連携を進めていくべく、JR東日本スタートアップ株式会社が立ち上がったのです。
1つ付け加えるとすると、JR東日本グループには危機感だけでなく「もっと出来るんじゃないか」という期待が入り混じったモヤモヤ感がありました。だからこそ、JR東日本グループとスタートアップ企業を掛け合わせることで、良い科学反応を起こしたいと考えたのですね。
――大企業の中では、新規事業の「部署」を新設するケースが多いと聞きます。1つの「会社」を設立したことには理由がありますか?
JR東日本グループは、もともとは日本国有鉄道(国鉄)として運営されており、国鉄が分割民営化された際に発足しました。この歴史から分かる通り、良くも悪くも伝統を重んじる風土が会社に根付いています。そのためスタートアップ企業といういわば劇薬のような新しいものと共創しようとしても、拒絶反応が起きる可能性がありました。
そこで、敢えて"出島"としてJR東日本スタートアップを作り、自由に意思決定を出来る、新規事業経済特区のような動きが出来るようにしたのです。JR東日本本社では発揮できないスピード感やフレキシビリティを発揮し、新規事業を創り上げていこう。会社を立ち上げたのはその覚悟の現れです。
――なるほど。会社を設立するとなると、最初は何人くらいでスタートしたのですか?
最初は僕も含めて3人。当時経営企画部にてグループ内の会社設立を担っていた僕と、JR東日本スタートアップの構想を発案した若者たち2人とのスタートでした。JR東日本本社には「まだ実績も無い会社に人的リソースを割くことは難しい」と言われつつも、将来の成功を信じて3人でちょっとした悪巧みをして会社を設立したイメージですね(笑)。
スタートアップ企業との約束、年度内に目指すゴールとは
――2018年に設立されたJR東日本スタートアップ。具体的にどんな取り組みをされていますか。
僕たちの活動はシンプルに「スタートアップ企業との事業共創」です。JR東日本が持つリソースとスタートアップ企業が持つアイデアや技術を掛け合わせて新しい事業を創っています。
――共創したいスタートアップ企業を見つけるのは難しそうですが、どこで接点を持っているのですか?
スタートアップ企業との接点は「JR東日本スタートアッププログラム」がメインです。このプログラムは2017年に開始し、これまでの4年間で923件のスタートアップから応募いただき、そのうち92件でPoCを実施、41件を事業化してきました。採択したスタートアップ企業には、必ず彼らが希望するインフラを解放します。JR東日本が所有する駅・鉄道・駅ビル・駅ナカ・ホテル・Suicaなど、種類は様々です。
僕たちはスタートアップ企業に、「プログラムで採択された年度内に必ずPoCを実施しましょう」と約束しています。いきなり事業化を目指すことは難易度が高いので、まずは事業の種を作りPoCを行います。
――年度内に必ずPoCを行うというのは、かなりスピード感がありますね。
そうですね、年間約20件のスタートアップ企業を採択しているので大変ですよ。しかし大企業で起こりがちな「ズルズルしているうちに案件が自然消滅する」ことを回避するためにも、敢えて期限を区切っています。
コンテストを実施して、優良なスタートアップ企業に賞金を与えて「じゃあね、後は自分達で頑張ってね」では勿体ない。期間を区切らずに、ひたすら会議室で「アイデアの筋がいいよね」「データ上は市場性もありそうだよね」と言っているだけでは意味が無い。事業化に向けてあと一歩だったのに、人事異動で関係部署の担当者が変わって「その話は聞いていない」と言われて事業が立ち消えになっては本末転倒。
僕自身がこれまで大企業ならではの苦い経験をしてきたこともあって、自戒の念も込めて、「必ず期限を設け、必ずPoCをやり切ること」にコミットしています。
壁はやはり "社内"に連なっていた
――会社を作る際、もしくは作った後に立ちはだかった壁はありますか?
壁だらけですよ。なんなら今も壁にぶち当たり続けています(笑)。
JR東日本では駅や鉄道をはじめとする社会インフラを保有しており、そこでは人命を預かっていますから、守るべきものとのバランスが難しいのです。スタートアップ企業との共創を実現するためには、JR東日本本社の事業部門の壁は幾十にも連なっています。1つの壁を突破しても、すぐにまた別の壁が出てきたりします。
僕もかつては本社で働いていた人間ですから、ただでさえ通常業務で忙しいのに「新規事業なんて勘弁して」と言われる理由もわかります。
――JR東日本本社とのコミュニケーションや調整の壁が多々あるのですね。それらをどのように越えましたか。
スタートアップ企業との共創による成功事例が形になると、社内で共感者が増えてきます。共感者が増えることに比例して、僕たちの活動に協力してくれる方や部署も増えてきました。
最近、JR東日本スタートアッププログラムから小さいながらも成功事例が生まれ始めました。例えば高輪ゲートウェイ駅にある無人AIレジ店舗「TOUCH TO GO」や、東北・佐渡で獲れた新鮮な魚を新幹線で運ぶ「新幹鮮魚」は初年度のプログラムから生まれた事業。設立当初の2018年頃のJR東日本スタートアップは、JR東日本本社から見て「近付きたくもないやつら」「余計なことをするやつら」だったと思います。しかし結果が出始めた今は「面白いことをやっているやつら」に、少しは格が上がったような感覚がありますね。
――目に見える成功事例が鍵になるのですね。
会社の設立から約4年、幾度も壁が立ちはだかり、試行錯誤してきました。しかし僕たちは、駅・鉄道・駅ビル・ホテルなどのリアルな社会インフラをフィールドとしているので、事例が形になって見えやすいです。
成功事例があれば、関係者も安心して僕らと組むことが出来ます。大企業の組織の中にいれば、誰しも出来れば一番風呂は避けたいですから、実績を求められることは自然なことだと思います。
JR東日本スタートアップが成功事例をもっと生み出せるようになれば、より共感者が増え、協力してくれる人も自然に増えると考えています。
>>次回【JR東日本編 #2】アウェイ戦で培った新規事業マインド「いい汗かこう!苦しいけど」 につづく
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※本記事の内容は2022年6月時点のものです。