Sony Acceleration Platformによるオリジナル連載「大企業×新規事業 -Inside Stories-」は、Sony Acceleration Platformの担当者が大企業内の新規事業組織のトップにインタビューする企画です。
今回インタビューしたのは、三菱電機株式会社(以下、三菱電機)。新たな成長事業領域での事業創出に取り組むビジネスイノベーション本部の取組みを中心に、大企業で新規事業創出を推進する意義や難しさや成功へ導くための仕組みとは何か?三菱電機が初めて社内に設立した新規事業組織のリアルに迫ります。
新たな成長事業領域での業創出を目指す専門組織を設立
――ビジネスイノベーション本部設立の背景と組織のミッションを教えていただけますか。
1921年に創立した三菱電機は現在9つの本部で事業を展開しています。電力・産業システム、自動車機器、ビルシステムなど100年の歩みの中で社会課題と向き合ってきた事業領域です。その既存事業に加え、新事業創出に特化した本部として2020年に設立されたのがビジネスイノベーション本部です。新たな成長領域での事業創出を目指し、他の事業本部やコーポレート部門と連携しながら活動しています。
総合電機メーカーである三菱電機はモノづくりへの熱量が高く、様々なエキスパートが各現場にいることもあり、かつては自前主義とも言える企業風土でした。しかし現在では、複雑化する社会課題に対して、社外のパートナーと共に、自社の強みでもあるコンポーネントを活かした新たなサービス、ソリューション開発に取り組んでいこうというオープンイノベーションの機運が高まっています。そのような中、新たな成長領域で新事業を創出しようと設立したのがビジネスイノベーション本部です。2022年にはCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を立ち上げ、そのネットワークを活用して、国内外のスタートアップとのオープンイノベーションにも取り組んでいます。
――どのような体制で取り組まれていますか?
三菱電機では、既存事業を推進する本部にも新事業を構想している部門があり、リーダーやキーパーソンがいます。ビジネスイノベーション本部は、各本部から事業アイデアとともにリーダーやキーパーソンを受け入れてリソースを活用してもらい、事業アイデアを共に育てていく体制を整えています。反対に、ビジネスイノベーション本部のメンバーが、他の事業本部へ支援に出向くこともあります。各本部と連携するための柔軟な体制を検討しています。
また、2022年に三菱電機とグローバル・ブレイン社で設立したCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)のネットワークを生かし、国内外のスタートアップとの関係性も深めています。スタートアップと連携することで、自分たちにはないビジョンや技術、ノウハウを学び、スピード感をもって市場と向き合うことができます。CVCの活用により新事業創出のチャンスは広がるはずです。複雑化する社会課題と向き合うには、様々な視点を取り入れることが必要です。
――具体的にはどのような事業をされているのでしょうか?
ビジネスイノベーション本部は2021年に、建設事業者向けサービスとして「AI配筋検査システム」の提供を開始しました。従来は複数人で実施していたコンクリート建造物の鉄筋検査が、たった一人で可能になるサービスです。カメラで撮影した配筋を独自開発したAIが解析し、配筋検査帳票を自動生成することで、作業時間を実に1/2以下に削減しました。ヒューマンエラーによるミスも劇的に減少させています。
AI配筋システムは2023年に、連携先の三菱電機エンジニアリングがサービス全体を請け負う形で引き継ぎ、現在も事業を継続しています。DXが求められる建設現場において新たな価値を生み出すことができましたが、もちろんこのような成功事例だけではなく、サービスを開始したものの途中で断念した事業や、事業化直前で計画を見直すことになったプロジェクトも多数あります。成功するのはまさに”千に三つ”の割合だと思います。
――新事業の難しさですね。松原さんの組織では事業を成功へ導くためにどのような取り組みをされているのでしょうか?
数多くの新事業アイデアを検討できるように、プロジェクトを小さくはじめて徐々に育てていく環境を整えています。ステージゲートという手法を取り入れていますが、これは事業アイデアの構想からプロトタイプ開発、市場での事業性検証といった各ステージでプロジェクトを評価し、改善点をフィードバックしながら必要な投資を段階的に行っていく仕組みです。限りあるリソースを有効活用するために、ステージの途中でピボットしたり、活動を終了するプロジェクトもあります。また事業化に向けては、カーブアウトなど多様な道筋を検討しています。既存事業とは異なる”事業を育てる仕組み”を持つことで、私たち自身が新事業創出のプラットフォームになり、他の事業本部や開発本部、営業本部といったコーポレート部門とともに活動しています。
さらにCVCを活用したスタートアップとの連携も強化し、多様なリソースで事業アイデアをブラッシュアップすることで、新事業創出へ取り組んでいます。
悪戦苦闘の連続で続けた挑戦
――新事業の中で断念した事業もあるということですが、どのように次につなげていったのでしょうか?
ビジネスイノベーション本部の新事業への挑戦では、粘り強さによって活路が拓けたケースもあります。2016年のデジタルイノベーション展覧会「CEATEC」で”暮らしと家でつながるイノベーション部門”のグランプリを獲得した「しゃべり描きUI」は、三菱電機の統合デザイン研究所が開発した音声認識技術と多言語翻訳機能を活用したアプリです。話した言葉を指でなぞった軌跡に表示し、文章を多言語に翻訳することでコミュニケーションを促進するツールです。ビジネスイノベーション本部の支援によって社外パートナーを得て、2019年に一般ユーザー向けにリリースをしましたが市場開拓に苦戦しました。ビジネスや教育の現場での顧客獲得にも取り組みましたが、契約数が伸びずサービスを終了しています。
ただ、ユーザーからの評価が高かったこと、またUIの魅力に絶対的な自信があったことから、統合デザイン研究所とビジネスイノベーション本部がタッグを組み、ターゲットを変えて事業化に再挑戦することを決意しました。外国籍の従業員が多く在籍する工場現場で、言語がコミュニケーションの壁となっていることに着目し、三菱電機の製作所で徹底的に課題を調査した上で試験導入を実施しました。結果、多言語翻訳に対応しているしゃべり描きUIを活用することで、従業員同士のコミュニケーションが円滑になり、生産性を向上させることに成功しました。さらにこのアプリが導入されたことで外国籍の従業員から「自分が大切にされていると感じた」という感想も得られました。
――新しい事業を創るということは悪戦苦闘の連続だということを改めて感じました。それでも粘り強く現場視点で調査し続けることが大事なのですね。
しゃべり描きUIは一度はサービス終了となりましたが、価値を信じて挑戦を続けたからこそ、生産現場での活用という道が開けました。実はこのアプリは、もともとはデザイナーが聴覚に障害を持つ仲間とコミュニケーションを取りたくて開発したものだったんです。開発当初は想定していなかった分野に活用が広がりました。試験導入している工場の現場からは”もう手放せない”という嬉しい声が届き、現在、しゃべり描きUIは再び事業化に向けて準備中です。
――「成功するのは”千に三つ”の割合」と言われる新事業に取り組む面白さは何でしょうか?
事業化まで進めないプロジェクトも山ほどあります。しかし、やれることをやりきって有終の美を飾れたプロジェクトのメンバーは、プロジェクトで得た知見や関わった人との絆など、多くの財産を得ているはずです。それがきっと、次の挑戦の原動力となります。挑戦を続けていけば、いつか大きな成果に辿り着く。そういった循環に立ち会い、後押しできることが、私にとって新事業に挑戦する醍醐味です。
三菱電機には新事業創出の経験を持つ人材がもっと必要です。ビジネスイノベーション本部で人材を育成し全社に輩出していきたいと思っています。
>次回「パートナーとともに市場で大きく育てていく新事業」へ続く
※本記事の内容は2024年7月時点のものです。