Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。 本連載では、新しいアイデアや技術を商品化・サービス化する企業や起業家など、現在進行形で新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
身近なアイデアを直感的に形にできる、ソニー生まれのIoTブロック「MESH™」。2015年の発売以来、クリエイターや教育現場を中心に活用され、2020年の小学校プログラミング教育必修化を契機に、理科や図画工作などの教科書掲載や学校の授業でも活用される機会が広がってきました。現在では、全国3,000校以上の学校に導入され、子どもたちが身近な問題を見つけ、自分のアイデアを形にする学びを支えています。
誕生から10年という大きな節目を迎えた今、MESHは単なる「プログラミングを学ぶ教材」という枠を飛び越え、より多様な社会の現場へとその価値を広げています。社会的な価値と、ビジネスとしての持続可能性―。簡単には割り切れない二つのテーマに向き合いながら、次の10年へ向けて歩みを進めるMESHプロジェクトチームの今に迫ります。
ソニーマーケティング株式会社
B2Bビジネス本部 統合戦略部門 B2Bビジネス1部 MESH事業室





発売から10年。学校教育での活用を広げてきたIoTブロックが、今見据える景色
――まずは、改めて「MESH とは何か」というところから教えていただけますか。
萩原:MESH は、アイデアを形にできる IoT ブロックです。無線でつながる様々なセンサーのブロックがあり、専門知識がなくても、タブレットやスマートフォンのアプリ上で直感的にこれらをつなぐことで、簡単に仕組みを作ることができます。
例えば、「人が来たら(人感センサー)、スマホに通知を送る」「箱を開けたら、音が鳴る」といった仕組みが作れます。単にプログラミングの仕組みを学ぶだけでなく、そこから「アイデアを形にしていく」というプロセスそのものを体現できるツールとして、小学校の理科や図画工作、あるいは「みんながゴミを捨てたくなるような、楽しくなるゴミ箱を作ろう」といった身近な問題を見つけ、解決していく学びまで、子どもたちの多様な発想を形にするために使われています。
――ありがとうございます。そんな MESH が発売されてから 10 年という大きな節目を迎えられました。学校教育の現場でも活用が広がってきたと思いますが、今の率直なお気持ちはいかがですか?
萩原:本当に、あっという間の 10 年でした。私は開発の立ち上げから関わっていて、開発期間も含めると 2012 年からもう 14 年ほどこのプロジェクトに触れ続けていることになります。最初はクラウドファンディングからスタートし、メーカーフェアなどのコミュニティで「ものづくりが好きな方」に興味を持っていただきながら、少しずつ広がっていきました。
その後、2020 年の小学校でのプログラミング教育必修化という大きな波に向けてチームが一丸となり、学校現場で使っていただける環境づくりに取り組んできました。理科の教科書に載り、電気の有効利用の単元などを通じて、学校現場で活用される機会が広がっている様子を見たときは、やはり感慨深いものがありましたね。
杉本:私は 2019 年の10 月にチームにジョインしたのですが、もうあと数ヶ月で丸 7 年になります。当時は「Sony Startup Acceleration Program(Sony Acceleration Platformの前身)」の下で活動していた頃で、事業移管のタイミングでした。皆と切磋琢磨しながら、真剣に業務を進めてきました。教育現場で活用が広がっていくプロセスを内側で見られたのは、本当に貴重な経験でした。
――これまでの 10 年が「普及と成長」のフェーズだとすると、最近の MESH は学校の枠を超えて、より「多様な社会の現場への広がり」を見せています。一事業から、より深い社会価値の創出へとシフトしている背景には、どのような想いがあったのでしょうか。
萩原:実は、チームとしては「社会課題へ大きく舵を切った」という大層な感覚ではないのです。私たちが 10 年間ずっと揺るがずに大切にしてきた、「より多くの人が自分のアイデアを形にできる」という MESH の本質的な価値が、学校教育という枠を超えて、より多様な社会の現場へ自然に広がり始めている、という表現が一番しっくりきます。
飯田:私も 5 年ほど MESH に関わっていますが、学校教育での活用が広がる中で、特別支援教育の現場でも、先生方がそれぞれの現場に合わせて工夫しながら活用するケースが目立つようになってきました。学校側から「こういう使い方ができるのではないか」とアイデアをいただくことも多く、私たちもそこから多くのことを学ばせていただいています。
萩原:そうですね。もともと MESH は、専門的な知識や技術がなくても、自分の身近な生活の中にあるちょっとした「困りごと」や「不便」を、自分の手で解決して便利にするためのツールとして生まれました。
私自身の個人的な「朝が弱くて目覚まし時計を無意識に止めてしまうから、ストップボタンだけを遠くに置けないか」といった、日常生活の些細な「あったらいいな」が最初のアイデアだったのです。
こうした半径 1 メートルにある不便を自分で便利に変えていく「できた!」という原体験は、今取り組んでいる少年院や福祉といった大きな社会課題へのアプローチとも、地続きだと考えています。
売上を追うビジネスとしての側面と、社会的な価値に向き合う側面。これらを対立させるのではなく、売上だけでは測りきれない価値も含めて、いかに持続可能にお客様へ届けていくか。10 周年という節目だからこそ、MESH というプロダクトの存在意義をチーム全員で見つめ直し、新しい一歩を踏み出しています。
否定されない安心感が引き出す主体性。少年院の若者たちと紡いだ「100 分間の成功体験」
――最近の多様な広がりという観点から、まずは法務省委託事業として全国の少年院へ導入が進んでいる「少年院在院者向けの教育プログラム」について詳しく教えてください。このプロジェクトはどのような経緯で始まったのでしょうか。
萩原:きっかけは、アメリカの少年院を出院した若者たちが社会復帰を目指す支援センターで行われたワークショップでした。そこで若者たちが学ぶことの楽しさや、自分にもできるという自信を取り戻していく姿を見て、ソニーグループから生まれた一般社団法人 Arc & Beyondと連携し、日本国内での導入に向けて法務省へアプローチを開始したのが始まりです。
原:私はこの少年院の教育プログラムを導入するタイミングからチームに参画し、一緒に現場を回りながらプロジェクトを進めてきました。少年院はさまざまな背景を持つ若者たちが社会へ復帰し、自立して生き抜くための力を養う教育機関です。ただ、ここにいる若者たちの多くは、これまでの人生において、学びに対して強い抵抗感や自信のなさを抱えているケースが少なくありません。そのため、最初にプログラミングを使った授業をやると伝えたときは、多くの参加者が「自分にできるわけがない」と非常に慎重で、どこか身構えているような空気すらありました。
――その「慎重だった若者たち」の空気が、どのようなプロセスで変わっていくのでしょうか。実際の現場でのエピソードを教えてください。
原:私たちのプログラムでは、あえて「正解」を教えないことを大切にしています。「これが正解です、この通りに作ってください」と言ってしまうと、それは「ついていかなければいけない授業」になってしまい、挫折感を生みかねません。だからこそ、「このブロックを振ったら、こっちのブロックが光る仕組みを、自由に触りながら作ってみて」と、小さな階段だけを用意して、あとは彼らの自由な試行錯誤に委ねるのです。
MESH は、間違えてもエラーコードで否定されるわけではなく、ただ動かないだけです。そして繋ぎ変えれば、またすぐに試せます。この「失敗しても大丈夫、何度もすぐ試せる」という安心感の中で触っているうちに、最初の 10 分で「あ、光った!」「できた!」という声が上がり始めます。本当に、目に見えて彼らの表情や目の色が変わる瞬間があります。
――授業の後半では、グループワークも取り入れられているのですよね。その中での変化についても教えてください。
原:授業スタイルは、基本的に 2 〜3 人のグループワークにしています。これには明確な狙いがあります。一人だけで問題に取り組んでいると、上手くいかなくなったときに思考が閉じてしまい、諦めてしまいがちです。しかし、同じ問題に取り組む仲間が周りにいると、お互いに発想を広げることができます。
ただ、少年院という環境の中では、突然「何でもフランクに話そう」と言われても、少年たち自身「こんな話をしていいのだろうか」と戸惑ってしまい、コミュニケーションのきっかけを作るのが難しいという特殊な側面もあります。そこに、MESH を使ったグループワークが入ると、共通のゴール(=アイデアを形にする)と、試行錯誤するためのガイドがある状態で会話が始まるため、自然と他者とのコミュニケーションが生まれていくのです。
プログラミングを触ったこともなかった少年たちが、お互いに熱量を持って「こうやったらもっと便利ではないか」「ここにセンサーを置こう」と助け合いながら、実際に動くプロトタイプを作り上げていく姿は印象的でした。
参加者からは、「最初は絶対に自分には無理だと思った。でも、やってみたら簡単で、すごく楽しくて自分にもできた」といった声もあり、ひとつの目標に向かう協調性を、実践の中で体感してもらえる。これも非常に大きな手応えです。
この活動を通じて、参加者の中の「学ぶ楽しさ」や「育むきっかけ」を惹き出せること自体が、このプログラムにおける最大の「学び」そのものだと痛感しました。
――このプログラムは、少年院で日々彼らと向き合う法務教官の皆さま自身が指導できるように設計されているそうですが、教官の皆さまの反応はいかがですか。
原:将来的には、現場にいる法務教官の方々が実施できるプログラムにしていかなければならないので、指導される側と実際に学ぶ少年たちの双方が受け入れられるプログラムはどういう形なのか、何度も試行錯誤しながらブラッシュアップしました。
現在、実際にその法務教官の方々に授業を実施していただいているのですが、教官の皆さまからも、MESHを通して少年たちの新たな側面や可能性を見出せたといった声があり、少年たちが自信をつけていく環境は、今徐々にできてきていると感じています。2025 年度に全国の少年院へ教材が導入されましたが、現場の教官の皆さまとともにこの環境を作れることは、10 年目の私たちにとって誇るべきマイルストーンです。

本記事は、後編につづきます。
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※本記事は、2026年6月時点のインタビューです。