2026.04.09

「何か一緒にやりましょう」で終わらせない。共創を動かす「バウンダリースパナー」が凄かった【News Picks掲載記事転載】

※本記事は、2026年3月25日にNews Picksに掲載された記事の転載です。

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社会が変化するスピードが上がり、時代に応じた新しい事業を生み続けることが、自社だけでは難しくなっている。他社との共創で新たな事業をつくる「オープンイノベーション」は、多くの企業にとってもはや必須だ。

だが、いざ組もうとすると壁にぶつかる。どこと組めばいいかわからない。候補先が見つかっても「何か一緒にやりましょう」の掛け声だけでは次に進まない。

オープンイノベーションで起きるこうした問題を、解決に導く「つなぎ役」として、ソニーグループが重要視する存在がある。「バウンダリースパナー」だ。

では、バウンダリースパナーはどんな役割を果たしているのか。イノベーション創出を支援する「Sony Acceleration Platform」でオープンイノベーションの現場を担うキーパーソンたちに聞いた。


「推し活イベント」が「地方創生」に

共創・オープンイノベーションを成功させるポイントを考える上で、絶好の事例がある。

ある日、Sony Acceleration Platformで企業間連携を支援する高橋拓也氏に、JR東日本(以下、JR東)から相談があった。同社の鉄道や駅等で参加できる推し活サービスに関するもので、「推し活イベントに起用できるエンタメIP(知的財産)を探している」とのこと。だが高橋氏は、すぐにIPの紹介はしなかった。

「なぜJR東が新たな事業として推し活サービスに力を入れているのか。その目的や背景にある課題、さらには総体的・長期的な観点で全社戦略との整合性をしっかりと確認したかったんです

対話から浮かび上がったのは、本業である鉄道事業の課題だ。首都圏の路線は収益を上げているが、地方路線単体の採算は厳しい。エンタメIPを活用した推し活の取り組みは首都圏から地方への流動を創造し、地方の観光消費や関係人口を拡大させるための手段の一つだったのだ。

ここまで聞いた高橋氏は、首都圏と地方の新たな流動創造を通じて「地方創生に資する可能性がある」と考えた。

「推し活を点のイベントで終わらせず、地方創生という社会課題につなげた面のイベントとしてプロデュースすれば、JR東にもソニーグループにも、さらには地域にとっても付加価値の高い取り組みになるビッグピクチャーを描くことができる。そう考えました」(高橋氏)

高橋氏からJR東と協業する打診を受けたのが、ソニー・ミュージックソリューションズでブランドPR本部長を務める井手諭氏だ。

井手氏はエンタメIP(知的財産)を活かした他社連携を手がけており、「エンタメの力を地方創生に活かしたい」と模索していたところだった。目的が一致し、結果的にはアイドルグループ「22/7(ナナブンノニジュウニ)」とJR東、さらに山形県天童市の3者コラボレーションが決まったという。

「22/7は、かねて北海道根室市でも地域活性化に取り組んでおり、メンバー自身も意欲的でした。今回もSony Acceleration Platform から、JR東の抱える課題と地方創生という共通の目的を共有いただいたからこそ、それに最適なアーティストとして協業を提案できたんです」(井手氏)

東京駅発の山形新幹線を貸し切って推し活空間をつくり、目的地の天童駅ではメンバーによる一日駅長イベントを実施。想定を上回る応募が集まる、大盛況のイベントとなった。

3月14日に開催された、22/7×JR東日本コラボ 山形新幹線車両貸切イベント「22/7 カントリーツアー」とあわせて行われたJR天童駅一日駅長就任式の様子。「22/7(ナナブンノニジュウニ)」は、秋元康氏による総合プロデュースのもと、ソニー・ミュージックとアニプレックスがタッグを組んだ2.5次元アイドルグループ。

高橋氏はこの事例が成功した理由を、「最初に課題について深い議論ができたのが良かった」と振り返る。

「『イベントで活用できるIPを探している』という最初の相談のまま対応していたら、単発で終わっていたかもしれません。その奥にある社会課題まで深掘りできたことで、企業や自治体を巻き込みやすくなった。今後、他の企業や自治体での実施、異なるソニーのIP活用など、横展開の可能性も広がりました。

さらにソニーであればグローバルでの展開も可能です。井手さんとはARやVRなどを活用した国境を越えた施策の検討も始めています」(高橋氏)

一方、井手氏は、小規模でも収支がプラスになることにこだわった。車両の貸切費用、グッズ制作費、イベント運営費などから、無理なく採算が取れる集客ラインを設定している。

「地方創生のような大きな課題は、短期では解決できないからこそ、持続的な取り組みにしなければならない。結果を急ぎ過ぎず、協業相手と中長期で良い関係を築きながら拡大していくことが大事です。そのためには、ビジネスとして黒字になることが必要でした」(井手氏)

こうした成功体験は、今後への「型づくり」にもつながる。だからこそ再現性が生まれ、中長期的かつ持続可能な展開もしやすくなるのだ。

 

「つなぎ役=バウンダリースパナー」が入る重要性

この事例には、オープンイノベーションを動かすための2つのポイントが表れている。

一つは「入口の設計」。自社と相手企業の本質的な課題を明らかにし、目的を共通化することで、両社にとって価値ある事業の形を描くこと。特に、地方創生のような社会課題につながると、大企業は協力しやすい。

もう一つは、早いタイミングでの「出口の設計」。ビジネスとして収支を成り立たせることだ。良い事業構想があっても、途中で採算が合わなくなれば実現できないからだ。

「事業開発の基本は、『小さく生んで大きく育てる』こと」と語るのは、数々の企業のビジネスマッチングを支援してきた中田了氏だ。

野心的な構想は描きつつ、最初の一歩は現実的な規模で踏み出す。そうすれば、実現性も持続可能性も高まる。

とはいえ、自社だけでこれらを設計するのは簡単ではない。課題をどう整理すれば他社と共有できるか、そこからどのようにして具体的な事業に落とし込むか。これらは知識と経験がなければ難しい

「そこで求められるのが、企業間に立ち、事業を生み出す支援をする第三者です。この『つなぎ役』を、ソニーではバウンダリースパナー(*1)と呼び、オープンイノベーションやさまざまな事業開発を前に進める存在として重要視しています」(中田氏)

この「バウンダリースパナー」としてのソニーを代表する部門が、Sony Acceleration Platformだ。

前出のJR東の事例で高橋氏が担ったのが、まさにバウンダリースパナーの役割だった。

連携相手を紹介してつなぐ「疎結合」で終わらせず、相談を受けて入口と出口を丁寧に設計し、適切な連携相手とつなぎながら、事業として成立する形まで落とし込む「密結合」へと導く。これができたことで、一過性で終わらない持続可能なオープンイノベーションが動き出したのだ。


(*1)「バウンダリースパナー」は1970年代ごろから組織論研究で「組織と外部環境をつなげる人材」として提唱されてきた。ソニーグループでは2024年ごろから全社的に重要視する役割と位置づけている。バウンダリースパナーの概念は、Sony Acceleration Platformの全体像とあわせて以下の記事で紹介している。
>> ソニーが辿り着いた、事業開発を「時間切れ」にさせないバウンダリースパナーの全貌

 

つながる壁、つながった後の壁

成功事例と比較すると、失敗するオープンイノベーションの特徴も見えてくる。

「一番多いのは、手段と目的が逆転しているパターンです。手段が先行し、『会社の指示でやらないといけない』という場合、上手くいかない」(中田氏)

オープンイノベーションは「鍵と鍵穴の関係」(中田氏)だ。自社に足りないもの(鍵穴)に、他社の強み(鍵)がぴったりはまったとき、初めて扉が開く。そのため事前に「自社が何を持っていて、何が足りないか」という鍵と鍵穴の形を明確にしなければ、適切な相手は見つからない。

実際、中田氏が企業のマッチングを支援する際は「すぐには相手探しをしない」という。

まずは目的。「自社が解決したい課題は何か」を深掘りする。次に「解決することでどんな価値が生まれるか」のイメージを具体化する。

「ここが重要で、価値が自社の利益に閉じていたら、他社が協力する理由がない。相手企業、その先の顧客、さらに社会にもメリットがある未来を描いてこそ『一緒にやりましょう』となるんです。

これらの解像度が上がると『解決のために、自社には何があり、何が足りないか』が見えてくる。そこで初めて、手段となるオープンイノベーションの具体的な相手企業の検討が始まります」(中田氏)

ただし、相手が見つかり、つながることができても、残念ながら成功するケースばかりではない。マッチング後に企業間に立ち、連携を支援している高橋氏は、「つながった後」にも大きな壁があると語る。

「初回の打ち合わせは大抵盛り上がるんです。それぞれの立場で、『一緒に何か面白いことができそうですね』と目が輝く。

でも、ここに落とし穴がある。『面白いこと』の中身が具体化されず、2回目が設定されないケースが多いんです。そうならないよう事業化へと前進させるのも、私たちバウンダリースパナーの役割です」(高橋氏)

初回で議論が「発散」しても「収束」しない。オープンイノベーションに取り組んだことがある企業であれば、覚えがあるのではないだろうか。

逆に、互いにどんな課題を解決し合うかという「共通の目的」と、「解決後の姿」をすり合わせ、「面白いこと」の方向性を定める。初回でここまで詰められれば次回につながり、事業化へと前進していく。

「当社は『YOASOBI』や『鬼滅の刃』『国宝』といった人気IPを数多く抱えており、最初の会議は盛り上がります。でも『何かやりましょう』止まりでは立ち消えになる。『この課題を解決するために、IPの力をこう活かしたい』という具体的な方向性まで共通認識を持てるか。私たちも意識しているところです」(井手氏)

 

人とテクノロジーの融合サービス

このようなオープンイノベーションの課題を抱える企業は多く、Sony Acceleration Platformへの相談は増え続けている。一方で、一人一人のバウンダリースパナーが支援できる範囲には限界がある。

そこで、より多くの企業に価値を届けるために生まれたのが、Sony Acceleration Platformが提供するビジネスマッチングサービス「Boundary Spanning Service(バウンダリー・スパニング・サービス)」だ。

同サービスでは、企業・組織がプロフィール情報を登録することで、最適な協業相手を探すことができる。各バウンダリースパナーが経験を積む中で「個人技」化していたノウハウをサービスに落とし込み、効率的なマッチングを実現した。

多様な業種・規模の企業に加え、ソニーグループ企業も既に100社以上が利用。提供開始から1年たたずに1000を超える企業・組織が活用してきた。それだけ、効率的に協業相手と出会える場が求められているということだろう。

そんなBoundary Spanning Serviceの強みは「ネットワーク・技術力・事業開発力の3点にあります」と、サービス責任者の吉村光紘氏が語る。

まず「ネットワーク」。日本の大企業やスタートアップは勿論、ソニーグループ企業へのアクセスが可能だ。

ソニーが運営するビジネスマッチングプラットフォームだからこそ、グループが持つIPや技術、ソリューションに深くアクセスできる。さらにグループのグローバルネットワークを活用し、海外の企業やスタートアップへのアクセスの拡大も推進している。

次に「技術力」。マッチングの精度とスピードを高めるにあたり、ソニーのエンジニアリング力が活きている。

Boundary Spanning Serviceでは会社単位ではなく部署やプロジェクト単位で登録でき、担当者同士がダイレクトにつながれる仕組みにした。また、登録時の企業プロフィールに「強み・提供できるもの」と「足りないもの・解決したいこと」を明記する設計だ。

先ほどの中田氏の話で言えば、企業の「課題」や「解決することで生まれる価値」が最初からある程度開示された状態で、マッチングを始められる

「会社単位であればつながりたい相手に出会うまでに、上層部や他部署からの紹介を経て数週間もかかってしまいますが、部署やプロジェクト単位にすることでその期間が最小限になり、現場主導で迅速に連携協議へ入ることができます」(吉村氏)

こうした設計のもと、さらにマッチング精度を高めるため、ソニーのエンジニアリング能力を活かしたAIレコメンドエンジンを開発している。正しい相手に素早く出会うだけではなく、セレンディピティ(想定外の幸運な出会い)によって別の協業可能性も生み出していくことが今後の構想だ。

ソニー・ミュージックソリューションズは同サービスの利用企業でもあり、「4~5つの部署が登録している」と、井手氏。予想外の企業から問い合わせがよく来るといい、「従来のルートでは接点がなかった相手とつながれる。これはBoundary Spanning Serviceならではの価値でしょう」と利用実感を語る。

そして3点目の「事業開発力」。「つながった後」にも壁があることは先述した通りだ。そこでSony Acceleration Platformは2026年4月から、Boundary Spanning Serviceに、事業開発に精通したアクセラレーターやバウンダリースパナーの伴走支援を組み合わせた新サービスを提供。他社とつながるための登録プロフィールの設計から、他社とつながった後の事業開発まで、さまざまなコンサルティングを受けられる。

テクノロジーで接点を増やし、人の力で具体化する。この融合に、私たちならではのオープンイノベーションの実現力があります」(吉村氏)

 

バウンダリースパナーがビジネス活性化の要に

ソニーのバウンダリースパナーは、正式な肩書というより、役割として名付けられたものだ。
とはいえ、吉村氏は「職種として定着していいと思うほど、求められている存在」と考えている。企業が外部と組むことが必要不可欠になった今、「『どう組めばいいか』を設計できるバウンダリースパナーは、ますますその存在感を増していくと思います」(吉村氏)と展望を語る。

中田氏も、ソニーにとどまらない広がりに期待を寄せる。

「今、ソニーほど『バウンダリースパナー』の重要性を発信している企業はないと自負していますが、いずれは各企業でバウンダリースパナーが育っていくでしょう。そうなれば世界中のビジネスが活性化する。それだけの価値を提供できることを、まず私たちが示していきたいですね」(中田氏)

これまでのオープンイノベーションに足りなかった「つながりを生む第三者」。Sony Acceleration Platformはその役割を先頭で担い、境界を越えて新たな事業を次々と生み出している。

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、1000件以上の支援を27業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2026年2月末時点)

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