※本記事は、2026年3月16日にNews Picksに掲載された記事の転載です。

持続的に成長し、競争力を伸ばすため、「事業開発」はどんな企業にとっても重要だ。だが成果を生むケースは驚くほど少ない。特に新規事業は、優秀な人材を投じても多くは「3年以内」で止まる。
「原因は個人の能力ではなく、もっと構造的なところにある」と話すのは、事業開発を支援する「Sony Acceleration Platform」責任者の小田島伸至氏だ。
Sony Acceleration Platformでは、12年間で1000件以上の事業開発を支援してきた。その経験とデータから、解決策を見出した。キーとなるのが「バウンダリースパナー」だという。
では「バウンダリースパナー」とは何なのか。イノベーション創出への突破口は、どのようにして開かれるのか。小田島氏に聞いた。
新規事業は「時間切れ」で終わる
──事業開発に取り組む企業は増えていますが、成果に結びつかないケースが多い。1000件以上支援してきた中で、失敗する一番の原因は何でしょうか。
「時間切れ」です。特に新規事業開発の現場では「3年のジンクス」と呼ばれていて、3年以上続くものはほとんどありません。統計を取ったところ、新規事業開発が止まるまでの平均期間は約2.1年でした。

なぜそれがタイムリミットになるかと言えば、さまざまな外圧が待ってくれないからです。資本市場からの圧力、会社の資金を使っているという現実、そして社内からの風当たり。成果を示せなければ、事業は畳む方向へ流れてしまいます。
最も大きな問題は、多くの企業が3年周期で同じ失敗を繰り返すこと。前回の失敗から学ばないまま、違う社員が違う挑戦をはじめ、結局同じところで止まってしまう。
ですが、新規事業を任されるのは大抵エース社員です。つまり、個人の能力の問題ではない。私たちは、事業が止まってしまう根本的な原因を「人」より「環境」にあると分析しています。
「環境」には社内の制度や経営陣の理解も含まれますが、欠けやすいのは、事業開発に足りないものを外から取り込む「バックアップ体制」です。担当者本人がいくら能力を伸ばしても、それだけで3年以内に成果を出すのは難しい。
分かりやすく米大リーガー・大谷翔平選手を例にあげると、「二刀流」の成功は本人の才能ももちろんありますが、それだけによるものではないと考えています。高校、プロ野球、MLBと、大谷選手が所属したチームそれぞれの強力なバックアップと環境によって、彼の能力が最大化された結果でもあります。
ビジネスではバックアップを企業が担うわけですが、多くの企業はその体制を構築できていない。そこで私たちが、「足りないものを外から届ける」役割を担うのです。

──「足りないもの」とは、具体的に何がありますか。
主に「知識」と「人材」です。事業開発を進めるには、アイデアの源泉となる知識が欠かせません。アイデアの多くは、知識と知識の新しい組み合わせで生まれるからです。そのため、必要な知識を得ること、もしくはそれを持っている人材とつながることが重要になる。
しかし事業開発の現場では、往々にして「二重の壁」に直面します。
一つ目は「そもそも何が足りないか分からない」という壁。それでは対処しようがないので、まずは足りないものを突き止めるしかない。
やっと足りないものが分かっても、二つ目に「必要なものが手に入らない」という壁が立ちはだかります。どうすれば手に入るのか、誰に聞けばいいのかも分からなければ、結局前に進めない。
この壁に対し、外から足りない知識を提供する、あるいは適切な人材につなげるのが、私たちです。こうした「つながり」をつくれる存在を、ソニーでは「バウンダリースパナー」と呼んでいます。
バウンダリースパナーとは何者か
──聞き慣れない言葉ですね。
「バウンダリースパナー」という言葉自体はもともと世の中にありましたが、企業として前面に打ち出しているのは珍しいかもしれません。
バウンダリースパナーとは、直訳すると「境界を越える人」。私はもう少し踏み込んで、「結合を生み出す人」と捉えています。

Sony Acceleration Platformの活動の根幹はイノベーション創出支援ですが、イノベーションは「新結合」とも訳される通り、異質な知識や人材の新しい組み合わせから生まれます。
この「結合」には、「疎結合」と「密結合」の2段階がある。疎結合は、新たな知識・人材とのつながりができた段階。密結合は、その知識や人材を具体的な事業の形に落とし込んだ段階です。
しかしほとんどの企業が、疎結合で終わっています。新たなつながりができ、一度は会議などをしたものの、具体的な事業の形まで至らない。この「疎結合止まり」は、事業開発全般において掛け声倒れで終わる典型的なパターンです。
そのときにバウンダリースパナーが入ることで、密結合に進むことができます。経験豊富なソニーのバウンダリースパナーは、さまざまな事業開発を自ら実践し、支援してきた経験の蓄積があり、成功する事業の形を見出すことに長けている。「結合を生み出す人」と説明したのはそういうわけです。

──そのバウンダリースパナーの役割を、ソニーが担っているのはなぜなのでしょう。
ソニー自身が、外部のさまざまな企業や人材とつながることで、事業をつくり続けてきた会社だからです。創業以来、いわばオープンイノベーションが経営のDNAに組み込まれています。
2014年、私が社員向けの事業開発プログラムとしてSony Acceleration Platformを立ち上げたのも、他社とのつながりを強化して新しい事業を生み出そうと考えたからでした。
ソニーは当時厳しい経営環境にあり、「社内に閉じず、原点回帰して外の力を取り込むべき」と本能的に感じていました。当時私の上司で現社長の十時(裕樹)も同じ考えでした。

実際、外部の力を取り込むようになったソニーは、経営が好転しています。それから十時が社長になり、今後も外とのつながりを意識するため、ソニーグループ全体として「バウンダリースパナー」という言葉を使い始めました。
特にSony Acceleration Platformは、「ソニーにおける事業開発のバウンダリースパナーのロールモデル」と位置付けられています。
つまり、バウンダリースパナーが果たす役割自体は、ソニーにとって新しいものではなく、長年にわたって自然にやってきたことなのです。
0→1→10→100全てを支える
──ロールモデルと位置付けられるだけに、Sony Acceleration Platformは支援の幅も広そうですね。
はい。私たちの支援範囲は、事業の立ち上げ、いわゆる「0→1」だけではありません。
事業を精緻につくり込む「1→10」、スケールアップする「10→100」と続きますが、「時間切れ」リスクはどのフェーズにもあり、どこで行き詰まっても結局頓挫してしまいます。各フェーズに応じて必要な知識・人材を適切に取り入れ続ける必要があり、バウンダリースパナーは伴走支援を続けます。

というのも、フェーズごとに必要な能力はまったく違う。
0→1は誰も形にできなかったことを見える化するという、ある種アーティスティックな仕事です。
1→10は本格的に社会実装するフェーズ。実用に耐えうる品質へと磨き込むため、高度な専門知識が必要です。
10→100は、磨いたモデルをシステマティックに広げていくフェーズ。量産と横展開をするためのオペレーション構築やマネジメント力が強く求められます。
飲食チェーンでたとえると、独自のコンセプトで1号店をつくるのが0→1。メニューやサービスを磨き込み、店舗経営を安定させるのが1→10。それを多店舗展開するのが10→100です。
この全フェーズを一人でこなせる人は極めて少ない。大切なのは0→1、1→10、10→100それぞれに必要な知識や、得意とする人材を見つけ、つながっていくことです。
これを支援することこそが、「足りない知識と人材を外から届ける」というバウンダリースパナーの役割。その存在は、事業の立ち上げだけでなく、事業が育っていく全てのフェーズで大きな助けになります。
ソニー独自の「3つのエンジン」
──そうした支援は、具体的にどのような方法で提供しているのでしょうか。
事業開発に必要な知識・人材が集まり、そこに参加する企業同士が出会い、事業を生み、拡大できる場を提供しているのが、Sony Acceleration Platformです。
その土台は、SaaS型ビジネスマッチング・サービス「Boundary Spanning Service(バウンダリー・スパニング・サービス)」です。事業開発をしたい企業が自社の強みや足りないものを登録すると、最適な企業が見つかり、直接つながれるデジタルツールになっています。

これには、今までの経緯が関係しています。2014年に社内向けの事業開発プログラムとして始まり、2018年からは社外にも支援対象を広げてきた。これまで1000件以上の事業開発に携わっており、膨大な知識と人材ネットワークの蓄積があります。
一方、私たちのメンバーという「人」を介していたので、支援できる数が限られていました。せっかくの蓄積を活かしきれないと思ったのです。そこで2024年、テクノロジーの力を掛け合わせることで、私たちの蓄積を活かしやすくできるようプラットフォーム化した。それが現在の姿です。
同時に、つながるだけで事業が成功するとは限りません。そこは引き続き、経験豊富なバウンダリースパナーが力になります。
ソニーグループやパートナー企業が持っているアセットもフル活用できます。たとえばエンタメIP、技術、製造設備、販売網、さらにグローバルネットワークなどを駆使し、事業機会をつくり出せます。
実際、従来出会わなかった企業同士がBoundary Spanning Serviceで出会い、バウンダリースパナーの支援を受けながら、ソニーのアセットを活かした新たな事業が生まれる例が増えています。
このように、テクノロジー、バウンダリースパナー、ソニーグループやパートナー企業のアセット、という3つのエンジンの掛け合わせによって、0→1→10→100を全てにわたって支援し、事業を開発する。これが、私たちのプラットフォームならではの提供価値です。

広がり続けるプラットフォーム
──プラットフォームとなると、多くの企業に加わってほしいところですね。
その通りです。ありがたいことに、私たちのプラットフォームの参加企業はどんどん増えています。東京都のスタートアップ支援事業「TIB CATAPULT」(TIB)のCreative Entertainment Clusterの代表事業者としてSony Acceleration Platformが採択された影響も大きい。
TIBは「大企業とスタートアップが群になってグローバルに打って出る」ことを狙う支援事業で、斬新な技術やアイデアを持つスタートアップと出会いやすくなりました。ここでの出会いがきっかけで私たちのプラットフォームに加わるスタートアップも多く、知識と人材の質・量ともに格段に上がっています。
現在も私たちは「Boundary Spanning Service」上で、エンタテインメント事業を一緒に創出するスタートアップや大企業を募集しています。


──進化を続けるSony Acceleration Platformですが、今後は何を目指しますか。
まずはプラットフォームとしての提供価値の拡大です。これからはグローバルレベルで事業開発に必要な知識と人材のつながりを蓄積し、スピーディーに活用できる場にしたい。
ただ、プラットフォームは「環境」を整えるためのものです。その先で最終的に問われるのは、事業開発を担う本人の力。私は、事業を成功させるために、以下の5つの力が必要だと考えています。

その上で最も大事なのは「必ず成功させると決める」こと。「オリンピックで金メダルを取る」という目標を掲げる選手しか、本当に金メダルを取れないのと同じです。目標が曖昧なまま成功できるほど、事業開発は簡単ではありません。
また、決めた目標を周囲と共有すると、いろいろな境界を越えることができます。私自身、ある事業をヨーロッパで担当していたとき、現場には国籍も所属も価値観もまったく異なる人々がいました。でも「この事業を成功させる」という共通目標があったことで、境界を越えて一致団結していました。
これは自然に越境した例ですが、このような関係性を自ら生み出していくことが、バウンダリースパナーの本質であり、ソーシャルインパクトとしてもたらしたいことでもあります。さまざまな分断があったとしても、ビジネスの場で事業を一緒につくるときは一つになれるのです。
境界を越えて人をつないでいく。そしてイノベーションを創出する。それが、私たちSony Acceleration Platformの役割です。